妹変 | ナノ
ironic
大通りから一本外れただけなのに、こんなに雰囲気が変わるものなのか。
夜の闇を一層深く感じる通りにそびえ立つ黒いビル。
「鏡花、ここは…」
「ま●だらけコ●プレッ●ス」
「それは書いてあるから分かるんだけど…」
戸惑う俺を置いてノリノリで店に入っていく妹。
今日のお約束パターンだ。
そして、嫌なことしか起こらない定番だ。
店に入ってすぐの所にエレベーターがあり、俺達はそれを待つ。
他にも待っている人が居るが、なんていうか濃い面子だ。
俺は店内のフロア説明を見てみる。
不穏な雰囲気しかしない単語ばかりが並んでいた。
「鏡花、ここ大丈夫なのか?」
周りに配慮してコソコソと鏡花に聞く。
すると鏡花は遠い目で俺を見てふっと笑った。
ソレは十代の女の子がする顔じゃないぞ。
「大丈夫なわけないでしょ」
とても良い笑顔でそう言ってエレベーターに乗り込む。
そのあまりの自然さに止めるのが遅れた。
「…閉めますけど?」
「すいません、乗ります」
諦めてついて行くことにした。
妹の行く末を見守るのも兄貴の役目だろう。
俺が覚悟を決めると同時に、エレベーターの扉が静かに開く。
「…………」
「兄さん、降りるよ」
ゴメン、今すぐこの店を出たい。
少し前までの覚悟が一気に吹き飛ぶほどすごい光景。
濃い街だとは分かっていたが、ここまで濃いとは思ってなかった。
売ってる商品も濃くて、それを物色する人達も濃い。
相乗効果でフロアの雰囲気は異様だ。
そんな中でも怯まずに単身で切り込んでいく妹。
ある意味、FWとして見習いたい。
「あー!ク●ムゾンさんの新刊!」
鏡花が一冊の薄っぺらい本を手に取ってはしゃぐ。
ちらっと見えたタイトルは…口に出したくもない感じだ。
「この人の本はホントに良い!」
「鏡花、あんまり女の子がそういう本は…」
「兄さんにも貸そうか?」
キラキラした目で見つめられる。
こんなやり取り、今日一日の中でもう何度目だ?
「…って、あれ?」
そこで俺は周りの視線に気付く。
不審がる目から羨望の目まで様々だ。
「兄さん、どうかした?」
小首を傾げる鏡花。
とても可愛いのだが背景と合ってない。
そうか、原因はコレか。
ここは男性向けフロアと書いてある。
だから(見かけは可愛い)女の子である鏡花が居ると不自然なんだ。
例え趣味は筋金入りで一緒でも、やっぱり性差はネックだろう。
ああ、俺の妹はどうしてこんな趣味なんだ。
「兄さん、雰囲気に酔った?」
「は?」
「初心者はこのカラフルさに目が回ったりもするから」
本気で心配してくれている様子の鏡花。
兄としてそれは嬉しいんだが、この状況では複雑だ。
「気持ち悪くはなってない。少し気が遠くなっただけで…」
「そうなの?」
「うん、だから早くこの店出ようか」
妹がこの店の常連ではないことを祈ろう。
もしかして、これが現実逃避ってヤツなんだろうか。