妹変 | ナノ
バグがある


不機嫌そうで上機嫌そう。
趣味のゲームを大量に買い込んできた日、鏡花は大体そんな感じだ。


「発売日が重なると色々大変なの。でも幸せな苦悩だからいいの」


俺にそう語る妹になにか思わなくもないがソレは置いておく。
問題は、その翌日の鏡花の様子だ。


「……元気ない?」


リビングに水分補給に現れた鏡花は、もはや元気というか生気がなかった。


徹夜したんだろうから、体力がないと言った方が正確かもしれない。
モンスターゲームなんかで言ったらHPが限りなく0に近い状態だろう。


「トドメさします?」


今日も当然のように家に居座る赤崎が恐怖の一言を発する。
声色に冗談要素がまったく含まれていなかったので、全力で止めておいた。


「鏡花、とりあえず何か食おう」

「……オートモード嫌いだからヤダ」


俺の「とりあえず」の提案は謎の理由で拒否された。


「速度調整すればいいだろ」

「エロゲ界の標準をフェ●バ●ットにするな」


そしていつもより何割か元気減の、謎の会話が展開される。


「でも、食わないと体がもたないだろ?」

「…………」


鏡花はペットボトルを持ってリビングを後にしようとする。
俺の提案はまたしても、今度は返ってくる言葉すらなく拒否された。


寝不足でフラフラしている鏡花は何度も壁にぶつかりそうになる。
こんな光景を何度見せられたことだろう。


気になりながらも、妹の気迫に圧されてそのまま見送るのがいつもだった。
だけど今日は引き止める。飯を食わせる。


そのための言葉を、俺は考えたんだ。


「鏡花!」

「……なに…」

「昨日買ってきたゲーム、どうだった?」


メンドくさそうに振り返った妹の表情が変わった。
それを見て、俺は心の中で思いっきりガッツポーズをした。


一切の常識が通じない鏡花を捕まえるには、趣味の話で釣るしかない。


それをキッカケとして、本来の目的まで何とか話しを持っていく。
関心さえ掴めればあとは俺の話術次第だ。


(さあ来い!いつもみたいに語り出してくれれば…)


試合並みの集中力と気合で鏡花の反応を待つ、けれど。
そんな俺の意気込みに反して、鏡花はますます元気なさそうな顔をした。


「委員長ルートに入れないバグがある…」


ゴメン。その返しは予想外だった。
いつもみたいな熱の入った語りを期待していたのに何で今回に限って。


(…いや、でも待てよ)


専門的じゃないってことは、逆に俺にも分かりやすいってことだ。
委員長が誰かは知らないが『バグ』という単語なら知ってる。


「だったらメーカーに問い合わせれば…」


言葉が途中で止まる。
本来の目的を忘れて普通の応答をしてしまったことへの後悔とかじゃない。


「そういうことじゃないッスよ」

「そうだよ兄さん」


二人分の呆れ顔が、心の深い所に突き刺さった気がする。


犬猿の仲の二人に同じ顔をされたんだから大ダメージを受けて普通だ。
自分にそう言い聞かせる。割と必死に。


「はるかちゃんルートにも入れないし、良作なのにバグ多すぎ…」

「実子攻略とか正気かよ」

「常識などエロとグロにおいては快感を妨げるだけなのです」

「節操ねえな。せめてネタ元は一致させろよ」

「クリオヤヅ」

「壁に書いてこい」


傷心の俺を余所に、赤崎と鏡花が会話を成立させる。


そこに入れそうな気もしない、今や鏡花より精神的に疲労した俺。
思ったより元気そうな鏡花に飯を食わせることは諦めよう。




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