妹変 | ナノ
日本語でおっけー!


「た、ただいまー、鏡花…」

「またゲームかよ。不健康なヤツ」


家に帰るなり口の減らない後輩と責めるような目をした妹に挟まれる。
恒例化している状況なのに未だに慣れない。慣れたくないけど。


「手洗い場かりますよ」


最近の赤崎はもう我が物顔で我が家を使っている。
今日なんてちゃんと一言断ったんだからマシな方だと思えるくらいだ。


俺はその赤崎の生意気さには慣れたけど、妹はそうでもないらしい。


「どうしてあの人を家に連れてくるの?」


不快と怒りの感情を隠す気もない鏡花が、俺に詰め寄ってそう聞いてくる。


「だって来たいって言うから…」

「一人暮らしならそれで良いけど、ここは家族も住んでる実家でしょ?」


どことなく納得がいかない正論だ。
反論したくても出来ない俺に、鏡花は深くため息をついて見せた。


「連絡してっていつも言ってるのに…」

「したくても出来ない事情があるんだよ!」


それにはさすがに反論する。兄貴としての尊厳の為にも。


赤崎を家に連れて行くときは鏡花の携帯に連絡を入れる約束だ。
だけど俺は一度もその約束を守れたことがない。


ある時は赤崎に携帯を奪われ、ある時は赤崎に握られた弱みで脅された。
鏡花への連絡はことごとく赤崎に阻止される。


そして家に帰れば妹に怒られたり呆れられたりするんだから、散々だ。


「あの人も何でいつも家に来るかな…。しかも手ぶらだし」


前者の理由は知ってるけど後者の理由はよく知らない。
鏡花を気にしてるから家に来るなんて理由も、兄貴として認めたくないけど。


「だから今日は持ってきてやったんだよ」


背後からの声に俺と鏡花は振り返る。
そこには口ぶりの割に変わらず手ぶらの赤崎がいた。


「お前の趣味悪い部屋に置いてきた」


それを聞いた鏡花は全てを放置して凄まじい速度でリビングから消えた。


兄貴としても聞き捨てならない台詞だったが、こうなると立場がない。
俺と赤崎、二人無言で鏡花が戻るのを待った。


*** *** ***


「アホざき!」


一分も経たない内に鏡花はリビングに戻ってきた。
赤崎の土産と思われるモノを持って、本名にかすりもしない蔑称を叫んだ。


「鏡花、さすがにそれは…」


いくら生意気でも一応は客人だ。
しかもお土産まで持ってきた赤崎にそれはないんじゃないだろうか。


そう思って宥めようとした俺を鏡花はキッと睨む。
そして手に持ったビニール袋を俺の目の前に勢いよく突きつけて来た。


「…ぼた餅?」

「そう。棚からぼた餅が出てきたの」


棚からぼた餅。俺でも知ってる有名な慣用句だ。
確かだけど、思いがけない幸運が突然やってくるって意味だ。


「……良かった…な?」

「良くない!」


赤崎にしては気の利いたお土産に何故か鏡花は激怒している。
これは何か別のところに理由があると見た。長い付き合いの経験則的に。


「ぼた餅を置くために、うめ先生の梅酒を定位置から動かしたでしょ!」


うん、内容はおいて置くとして。
未成年の部屋にあっちゃいけないモノの名前が聞こえたような気がする。


「アキバのドンキで大量に売ってる安物だろ」

「お買い得と言え!そしてうめ先生パッケージの萌えはプライスレス!」


この二人の会話が成立するのが本当に不思議だ。
このまま放置しても問題はなさそうだけど、兄貴として妹に指導が数点。


「鏡花」

「…なに?」


赤崎との口論に夢中になっていても、俺が名前を呼ぶと反応してくれる。
実はそれに安心しているだなんて兄貴の威厳に関わるから言えない。


「土産もらったんだから、礼を先に言わなきゃダメだろ?」


俺なりに出来るだけ兄貴っぽく言ってみる。
棚にあるという梅酒も、後で俺が責任を持って回収しよう。


そう決意して鏡花を見ると、鏡花は今にも泣きそうな顔をした。


「オンドゥルラギッタンディスカー!」

「え、なに!?」

「アンナルンゲナデカャール!」


怒りで妹がおかしくなった。そうとしか言い様がない錯乱っぷりだった。


でも、どうせいつものオタクネタだ。きっと。
逆に安心だ。泣き顔一歩手前の表情に焦った俺の一瞬を返して欲しい。


「誰が悪人だよ。土産まで持ってきた善人だろーが」

「オレァクサムヲムッコロス!」

「表情がなってねーな。出来ないんなら日本語しゃべれよ」


俺が何語かも把握できていない言語は何故か赤崎に通じていた。


「鏡花、ちゃんと礼言えって」


何とか合間を見計らって口を挟むと鏡花はまた俺を睨む。
そして赤崎を指差し、俺にそれを注意する間も与えず言葉を発した。


「犯人をあなたです」

「部屋つれて来い、低スペック妹」


ああ、分からない。
日本語なのに、コイツらが何の罵倒をし合っているのか全然分からない。


「日本語でしゃべれよお前ら!」

「「しゃべってるよ!」」


それでも、どんなに振り落とされそうになっても俺は何とかついていく。


あの二人だけで話しをさせるのは何となくイヤなんだ。




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