妹変 | ナノ
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「世良さんの妹って、料理は出来るんですか?」
俺の妹の存在を唯一知る赤崎からの質問に、少し前の出来事を回想する。
ずっと同じ家に住んでるんだ。料理くらい作ってもらったこともある。
「普通に出来てたと思うけど」
俺的には普通じゃなくて美味しいと言いたいところだけど。
世間一般の基準に合わせて、身内の能力は一ランク下に言っておく。
「じゃあ普段は自炊してんの?」
いつもの一問一答じゃなく、赤崎はこの話題でもう少し会話を続ける気らしい。
それに合わせて俺はもう一度回想をする。
結論から言うと、鏡花は自炊をしてないと思う。
だっていつも台所にそれらしい形跡はまったくない。
だけど冷凍食品を食べた形跡があるかと言えば、それもない。
「…分かんねえ」
「はあ?なんで?」
赤崎が疑問に思うのも無理はない。
それでも知らないものは知らないんだからしょうがない。
同じ家に住んでるけど、兄妹だけど、お互いに知らないことはたくさんある。
近すぎるから気にならなかったのかもしれない。
鏡花が普段何を食べてるのかなんて知ろうと思ったこともなかった。
「帰ったら鏡花に聞くか」
「世良さんが聞くんですか?」
「お前の質問には答えないだろうし、俺が聞くしかねえじゃん」
相変わらずの仲の悪さ。なのに妹に絡む赤崎。何も好転しないまま日常化。
赤崎を連れた二人の帰り道も、すっかり定例化してしまった。
*** *** ***
「ただいまー」
「………」
赤崎を連れて帰った日は、おかえりの挨拶もしてもらえないようになった。
重たい沈黙と責めるような視線が今日も痛かった。
しかし、それも今日はいつもより威力が弱いことに気付く。
鏡花が定位置のソファーじゃなく、奥にあるテーブルに着いてたからだ。
どうやら鏡花は食事をしているようだった。
帰り道での疑問が解決できると心が弾んだ……のも束の間。
「……何食ってんの?」
俺の(多分だけど赤崎も)視線はテーブルの上にある皿に注がれている。
皿の中身はしっかりと見えてるけど、確認の意味で疑問を口にした。
「鮭フレークと味噌きゅうり」
何か色々と足りてない。
年頃の子に必要な炭水化物とか脂質とかが圧倒的に足りてない気がする。
「この鮭フレークをご飯だと思って食べるんだよ」
「努力するところ間違ってるだろソレ!」
虚しすぎる食事だ。
俺の思考を読んだかのような説明も、何の足しにもならない。
「外出しない日はこれくらいの節約エネルギーで稼動するのが妥当でしょ?」
献立で外出拒否を宣言する人間を初めて見た。俺の妹だけど。
せめてダイエットとかを理由にしてもらいたかった。
これはさすがに鏡花の兄貴として言葉を失う。
こんな不健康な食生活を知らずに今まで放置してしまったのが悔やまれる。
現状を知った今、妹にきちんと食事を取ってもらいたい想いはある。
でも、その想いを上手く言葉に出来ない。
「お前の趣味って体力使わねーんだな」
俺が言葉を失う中、赤崎はいつも通りの挑発的な口調で言葉を発した。
「使いますよ、めっちゃ使う。キャラへの萌えを叫んだりする時は特に」
「ちゃんと食わないでデカイ声なんて出るかよ」
「出ます。愛で出ます」
鏡花はムキになって赤崎に言い返す。結果として二人の会話が続く。
「口だけの覚悟なんて高が知れてるんだよ」
「……!」
その言葉についに鏡花が立ち上がった。
まだ皿に食料は残っているというのに、キッチンへと向かう。
「何か作るんなら俺の分も作れよ」
「絶対イヤ。兄さんと外に美味しい物でも食べに行ってください」
鏡花はそれだけ言い捨てて黙々と料理を始めた。
赤崎は鏡花が座っていたイスから一つ分空けて腰を下ろす。
「アンタの妹あんなこと言ってますけど」
まだ立っている俺にそんな風に話しかけてくる。
だけど、俺にはそれに答える余裕も、ましてや座る余裕もなかった。
(なんで焦ってたり嫌だったりするんだよ俺――!)
何だかんだ言いながら、赤崎の方が鏡花と意思疎通できてる気がする。
赤崎の方が鏡花のことを分かっている気がする。
鏡花も俺より赤崎の言うことをよく聞いてる気がする。
今だって、俺は何も言えなかったのに、赤崎は鏡花に料理までさせてる。
しかも流れも自然だった。俺はそんな風には出来ない。
変な劣等感と焦燥感ばっかり募っていくんだ。お前らの仲が良いから。
「おい、俺の分は」
「あるわけない。そこに残ってるきゅうり食べていいですよ」
「見かけは普通でも味がひどいとか?」
「……兄さん」
鏡花の声に俯けてた顔を上げると、目の前に一口分が差し出されていた。
「兄さんが食べて証明して」
負けん気が滲んだ鏡花の瞳。
妹のこんな表情を見るのはいつぐらいぶりだろうか。
それを引き出したのも、赤崎なんだ。
「…俺はいい」
俺が断ると鏡花は少し悲しそうな顔をした。その頭を優しく撫でる。
「ちゃんと鏡花に飯食ってほしいからさ」
別に嘘を言ってるワケじゃない。
本心からの言葉なのに、胸のモヤモヤが取れないだけなんだ。
「アンタのそういうトコが嫌いなんですよ。ホントいいとこ取りッスね」
吐き捨てるように呟かれた赤崎の言葉の意味は分からなかった。
本当は、嫌味の一つでも言いたいのは俺の方だ。
鏡花の頬が赤いように見えたのも、きっと気のせいだ。