妹変 | ナノ
失くせない絆


「これは一体何なの!?」

「……美少女ゲーム」


計算外というか、存在も忘れていたのが家族だった。


部屋からエロゲの箱が見つかると、なんと家族会議に発展した。
母親は泣き出すし、父親には怒鳴られるしで散々だった。


外ではちょうどいい人除けになるエロゲーも、家では家庭不和の原因だ。
それでも、それは私にとってどうしても必要なものだった。


「今まで普通だったのに急にどうしちゃったのよ…っ」


母親が涙混じりで絶え絶えに叫ぶ。
どうしたんだろうね、と自嘲気味に心の中で返しておいた。


部屋に戻ってパソコンの電源をつける。
画面の中の美少女に励ましてもらえば嫌なことも全部忘れられる。


なんて、そこまで割り切れるわけもない。


「急にどうしたかなんて…そんなの私が一番知りたい…」


ゲームの女の子はこんな時も笑いかけてくれる。
私が泣いてたってニヤけてたって、いつだって暴力的なまでの優しさだ。


「……、っ…」


私はそういうのを求めてたはずなのに、おかしいな。
間違っていないはずなのに、どうして涙が出てくるんだろう。


現実とも虚構ともすれ違っていくのはどうしてなんだろう。


「…鏡花?」


扉越しに兄さんの声がした。
今開けられたらマズイと思うのに、誤魔化すための声が出ない。


「えっと…そのままでいいから聞いて」


その言葉に少しだけほっとする。
だけど、兄さんにまでひどいことを言われたら立ち直れないと怖くなる。


やめろとか言われたら、もうどこにも行けなくなってしまう。


「あのさ、俺は…」

「わ、私は別に、悪いこととか、してな…っ」


さっきの母親と同じでこんなんじゃ泣いてるのがバレバレだ。
でも、兄さんに否定されることは泣いていることがバレるのより嫌だった。



「…分かってる」



涙が落ちるのと同時に聞こえた。
驚きで涙が止まるワケじゃないけど、それは意味を失ってただの水になった。




「俺はお前の味方だから」




不安と一緒に溢れてきた涙がただの水になって、今度は嬉し涙になる。
ううん、そんな立派なものじゃない。


ただ安心したという子どもみたいな理由で私は泣いた。


私の心を抉る同級生の言葉じゃなくて。
いい子の理想像から外れた私を責める親の失望の言葉じゃなくて。
大勢に向けられた二次元の女の子の笑顔でもなくて。


兄さんが私一人に向けてくれた言葉がこんなにも心を癒す。


現実の世界にもちゃんと私の居場所がある。小さくても、確かにある。
だからどこにだって行ける。何度でもここに帰って来れる。


「なんかあったら俺に言えよ」


扉の向こうで私が頷いていたことを兄さんはきっと知らない。


私の涙が止まった頃には、扉越しの兄さんの気配は完全に消えていた。
そっと扉を開けると何かが当たっていることに気がついた。


「…お弁当?」


袋に入ったコンビニ弁当だった。
ご丁寧に、抜き忘れたであろうレシートまで入っている。


「兄さんだな…」


それはすっかり冷めてしまっていたけれど、心遣いが温かかった。
私はそれに誓うことにした。


もう少し頑張ろう。自分で決めたことなんだから。


純粋な気持ちで兄さんに伝える言葉に、ありがとうも追加しておこう。
たくさんの感謝も、口にするのは一回だけできっと伝わるはず。


だって私と兄さんは兄妹なんだから。




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