妹変 | ナノ
あしたが笑った


赤崎との謎の通話を経て、俺の足は自然と公園へと向かっていた。


小さい頃よく鏡花と遊んだ公園。
何でここに来たのかは自分でも分からない。ただ、来るのは久しぶりだ。


「すっげ…なんも変わってねえ」


記憶にある風景のままだ。
まるでここだけ時間が止まったのかと錯覚させるような変わらなさだ。


だけど、もうここで鏡花と遊んだりはしない。


体の成長と見合った遊びをしないといけない。
心を過去に残したままじゃ駄目なんだ。


どんなに楽しくても、大切にしていても、それは過去だ。
昔の自分と今の自分はやっぱり別人だ。
昔のまま変わらないなんてことが可能だとしても変わらなきゃ駄目だ。


それでも、きっとそんなに怖がらなくていい。


だって過去の俺がこうなりたいって望んでなったのが今の俺なんだから。
全ての思い出を保有してる今の俺は、間違いなく俺の時間軸で最強の存在だ。


昔の俺に出来て今の俺に出来ないことはそうはない。
ケンカした妹とだって簡単に仲直りできる。それだけの能力は備わってる。


だから信じろ。いちいち弱気になんな。鏡花だってすぐ見つけられる。


「…!」


心で念じた途端にポケットの中のケータイが震える。
あまりにもいいタイミング。俺は二つの可能性を疑いながらそーっと取り出す。


そして求めていた名前が見えた瞬間、ごちゃごちゃの頭が真っ白になった。


「今どこに居る!?」

『…兄さんこそどこにいるの?』


第一声はお互い本当に言いたいことじゃなかったと思う。
なのに飛び出してきたその言葉のせいで俺の段取りが狂う。


(まず真っ先に謝るはずだったのに!あ、でもいきなり謝るのも変か?)


突然すぎる何もかもに目いっぱい混乱した。


『兄さん?』

「大丈夫!聞いてる!俺は公園にいる!」


何が大丈夫なのかは自分でも知らない。これもまた勝手に飛び出してきた。


『公園ってどこの?』

「…小さい時によく鏡花と遊んだ公園」


冷静な鏡花につられて俺も少し落ち着いてきた。
数分前の回想を引っ張り出してそう答えると、鏡花は少し間を空けた。


『兄さんが覚えてるなんて意外だった』


さっきの赤崎と違って電話越しの鏡花の表情は読み取れない。
ケンカが尾を引いてのことかもしれない。そうだ、早く謝らないと。


「覚えてるよ。俺は鏡花の兄貴だから」


今日の俺の口はとことん反抗的だ。ちっとも俺の思ったとおりに動かない。


『相変わらずよく分からない理屈だね』


それでも鏡花の感情を引き出すことには成功したようだ。
なんとなしに笑っているのが分かった。


「あ、あのさ鏡花!俺…っ」


落ち着いたり焦ったりを繰り返して、今日の俺は情緒不安定すぎる。


言葉が溢れたり詰まったりで波がある。
それは制御できないほど強い衝動となって俺を突き動かす。


「俺、お前に会ったら言いたいことあって…!」


感情が先行してそれを伝える言葉が間に合わない。
でも俺はとにかく喋ることに夢中で、全神経がそれに集中していた。


「とりあえず落ち着いたら?」


その声が受話器越しじゃないことに気付くには大分時間がかかった。
目の前の人影とそれが一致するまでもある程度の時間が要った。


「鏡花!?」

「うん」


鏡花はぶっきらぼうに返事をして俺に何かを差し出す。
反射的に受け取ったそれは缶コーヒーだった。
しかもホットで、その温かさは知らない内に冷え切っていた体に沁みた。


「私もこれくらいの気遣いが出来るようにはなったよ」


俺から視線を逸らしながら鏡花は脈絡のない告白をする。
その脈絡のなさは覚えがある。さっきの俺と同じだ。


(鏡花も緊張してる…?)


いつも通りに振舞えているような鏡花もそう思ったら可愛く見えた。
俺たちは何だかんだでよく似た兄妹なのかもしれない。


「兄さんのおかげ…だと思う」


不器用ながらも素直な言葉は缶コーヒーの温度と同じですんなり入ってくる。


「うん、俺もさ…」

「兄さんはまだ黙ってて!」

「え」

「もう少し続きあるから…次が、一番重要だから」


まさかの会話キャッチボール拒否だった。
だけど数日前みたいな拒絶じゃなくて、幾分かわいげのあるものだった。


しかし重要とか言われるとこちらも構えてしまう。
妙な緊張感が俺と鏡花の間を埋め尽くした時、鏡花は小さく息を吸った。




「今回はごめん。それと…ありがと」




俯き加減だけど鏡花の瞳はしっかり俺を捉えている。
それが感動を一入にした。


この言葉を聞くために、俺はどれだけ頑張ってきたんだろうな。


自問にも似た言葉と一緒に目から熱いものが零れそうになる。
バレないように拭って鏡花を見ると、鏡花はプルタブと格闘していた。


俺がやると言って奪っても良かったが、それはしなかった。
妹の頑張りを取り上げるようなことはもう二度としない。


「…!っ、兄さん…」


でも、見てるだけもしない。


鏡花の手に自分の手を添えて一緒に缶を開けた。
鏡花は驚いた表情で俺を見上げていたが、俺は笑ってやった。


子どもじゃないからもう遊具で遊んだりはしない。
ただ、こういう交流が出来るようになった。


昔は両手を伸ばしてやっと届いた鉄棒が今は腰の高さになったように。
そうやって少しずつだけど成長できてる。


変われてる。変わっていこう。



「ねえ兄さん」

「ん?」

「帰り遅くなっちゃったけど、母さんに怒られるのは兄さんだけ?」


昔よくした会話を鏡花が意地悪く持ち出してくる。
そんな鏡花の顔は数年ぶりに屈託のない笑顔だった。


過去の焼き直しとより良い未来への足固め。一遍にやってやろうじゃないか。


「鏡花も一緒!」


俺が笑顔でそう返すと、過去の記憶通りに鏡花は微笑んだ。
それを今度は新しい記憶として焼き付けていく。


そうして遠回りばかりしていた俺達も、確かに一歩進めた気がしたんだ。




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -