妹変 | ナノ
矛盾しない二つの感情


母親のおかげで思い当たった場所へと向かう。
秋の夜風は冷たくて負けそうになるけど、何とか自分を奮い立たせる。


とことん落ち込んだ後はもう上昇するしかない。
たくさんの人に助けてもらって私はいろんなことに気付けた。


私は多分とても素直だ。
誰かに嫌われればその人を嫌うし、好かれたのなら同じ分の好意を返す。


私が逃げていようがどうだろうが人との関係は変わらない。
その人が好いてくれるのなら、私はやっぱりその人を好く。


だから私は、私を好いてくれる兄さんを同じ分だけ好きなんだ。
昔からずっと変わらずに私を好きでいてくれる兄さんが好きなんだ。


好きだから信じられる。


『兄さんはプロの選手だもんね。世間体とか大事なんでしょ』


兄さんは自分を守ったんじゃなくて、私を守ってくれたんだって。
頭では分かってたことをやっと認められる。


いつだってそうだった。小さい頃から身を挺して守ってくれた。
近所の怖いおじさんとかよく吠える犬に怯みながらも私を守ってくれた。
決まって私より一歩踏み出す兄さんの背中を見つめていた。


そうこう回想をしている内に目指していた場所に着く。
思い出を重ねたままの公園に兄さんの姿が見えた。


(…電話してる?)


まだ遠くにある兄さんの姿が会話に合わせて忙しなく揺れているのが分かる。
私はそこで初めて足を止めた。


相手は分からないけど、電話の邪魔をしちゃダメだ。
それくらいの分別と社会性はあるつもり。


持て余したエネルギーで止めた足を再び動かす。
夜道を照らす発光体、すなわち自販機を見つけたので近付いた。


綺麗に並んでいる様々な種類の飲み物を一つ一つ時間をかけて見ていく。
それは時間潰し以外の何でもなかったけど、缶コーヒーに目が留まる。


(さっきのコーヒーは苦かったな…)


口にまだ僅かに残る苦味。
あの人の勝ち誇った笑顔も同時に思い出して腹が立つ。
そんなタイミングで手に持ったケータイが震えるから悪い予感しかしない。


「………うわ…」


悪い予感的中。開くのが嫌すぎるメールが送られてきた。
時間潰しと自分を納得させてなんとか開けると、そこにはたった一言。


『何にも知らないフリして世良さんに電話かけろ』


なんの指令だ。
思わずそんなツッコミを入れてしまうような一言が書かれていた。


(間違いない、兄さんと電話してたのはこの人だ…!)


そして妙な確信と苛立ち。
たった一言でここまで人をイラつかせられるのはもう才能だと思う。


「さて、と…」


とは言っても、恩があるからまるっきり無視するわけにもいかない。
だけど素直に従うのも癪だから、少しの反抗心で缶コーヒーを買った。


それを片手に持って、もう片方の手で言われた通りに兄さんに電話をかける。
電話越しの兄さんはその混乱っぷりが目に浮かぶようで面白かった。
兄さんのいる公園に引き返すまでの時間を適当な会話で潰す。


「とりあえず落ち着いたら?」


買いたての缶コーヒーを差し出すとものすごくびっくりされた。


兄さんは感情表現が素直だから本当に忙しそうだ。
でも私も表には出さないだけで、いざ兄さんを目の前にすると緊張する。


さっきみたいに兄さんを傷つける言葉が出てきたりしないだろうか。


不安で胸がドキドキする。
それでも、言葉を出すことを恐れていたら何も言えなくなる。


兄さんが差し出した缶コーヒーを受け取ったのを合図に言葉を搾り出した。


(私が兄さんに伝えたいこと…)


真っ白になった頭でそれだけを考えながら言葉を紡ぐ。
兄さんに遮られそうになったのをまた遮ったら、二つの言葉が頭に浮かんだ。


「今回はごめん。それと…ありがと」


どこにも引っ掛かることなく出てきたその言葉は紛れもない私の本心。


どちらか一つを選ばなきゃいけないと思ってた。
それなのに両方を告げた私はとても満たされた気持ちだった。


でも目の前の兄さんを見続けることは居た堪れない。
逃避場所に選んだ缶コーヒーのプルタブは予想外に強敵だった。


「…!っ、兄さん…」


いつのまにか笑顔に戻った兄さんが一緒に開けてくれた。


兄さんからの言葉はないのに、許されたような気がして泣きたくなる。
小さな達成感と過去に置き忘れた童心が胸を満たして瞳を熱くする。


ねえ、兄さん。
現実に話しかけるのとは別に心の中でも語りかける。




趣味を始めたきっかけは兄さんだった。
その他の色んなことも、兄さんがきっかけのことが多い。


だけど、歩き始めたのは私の意思で、私の道だ。


兄さんは私の人生の一部で、切り離せない大切な存在。
それはこれからも変わらない。
ずっとずっと、どこかで大切であり続ける。


ただ、私はそれを越えて歩き出す。
今やっと、自分の足で歩き出したんだ。




互いの手が重なった部分は缶から伝わる熱よりも温かかった。
記憶とは少しずつ違っている帰り道の風景も受け入れることができた。


取りあえずあの人には、兄さんに伝えた感謝の言葉を百倍に薄めて送っとく。




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