妹変 | ナノ
状況は概ね良好


「え、兄さんいないの?」


家にいるだろうという何となく予想は外れてしまった。
こうなると頭を使うしかない。母親から聞いた情報を元に仕方なく頭を働かす。


(帰ってこない私を心配して飛び出したか、吹っ切れたかのどっちかだな)


案外すぐに答えは出た。
自分の頭にコンピューター並の演算能力があると錯覚しそうな速さだ。


(どちらにしろ、兄さんはいつもタイミングが悪い)


内心で苦言と溜息を同時に吐き出す。
家の外にいる兄さんは愚か、目の前の母親にも届きそうにない小ささで。


「私、兄さんを探しに行って来る」


一旦思考を中断して脱ぎかけた上着をもう一度羽織り直す。


「暗いし危ないわよ」

「大丈夫」


八時過ぎに帰宅した娘の事情も何も聞かないくせにどの口が言う。
と、やはり内心で小さくツッコミたくなる形式だけの心配の言葉は軽くあしらう。


そんな風に厳しめの言葉を吐いているけれど、別に嫌悪からじゃない。


両親には迷惑をかけたと思ってる。
心から申し訳ないと思っているし、それと同じだけの感謝も。


今のこの状況があるのはこの人達のおかげだ。


そう分かっていてもお互いどう接したらいいか分からない。
そんな状況を作ってしまったのは私だ。


(家族でもこんな私に変わらず接してくれたのは兄さんだけだったな…)


また長い後悔が始まりそうになるからこの問題はここで切り上げる。
いつか謝罪をしたい。その気持ちだけ持っていれば大丈夫。


今は兄さんに伝えるのが先だ。
一度に一つだけのことしか出来ないから優先順位をつけさせてもらう。


「それじゃ。いってきます」


床をつま先でとんとんと叩いて靴を慣らす。
母親が玄関まで見送りに来てくれたのでその動作に挨拶を付け加えた。


「最近ケンカしてたみたいだけど大丈夫なの?」


挨拶ではなく意外な話題を返された。
母親に気付かれたことがまず意外。そして心配されるのも意外だった。


(…ケンカ……)


そんなに嫌な響きを持ってないその単語は口の中で飴のように転がせる。


甘くもなるし不味くもなる。
私の思い込みと努力次第で色も味も変えられる。
外から見たら分からないけど私にとっては神経の全部を持っていかれるもの。


なくても生きていけるけど、あると人生を彩るもの。


「あなたは覚えてないかもしれないけど…昔は仲の良い兄妹だったのよ」


私の無言を肯定と取ったのか、母親はそう言葉を続ける。
さっきの形だけの心配とは違って不器用ながらもこの人の意思を感じる。


『もう充分逃げただろ』


数時間前に聞いたあの人の声がどこからか聞こえた。
目を閉じて思いを馳せると、今も憧れて止まない過去の自分達が見えた。


今が大きく開いてしまった溝を埋めるチャンスなのかもしれない。
だったら自分で決めた優先順位なんて関係ない。ちゃんと向き合おう。


「別に今も仲良いでしょ?」


私も兄さんも。そして家族も。


絞りきれない主語をぼかして言うと母親がかすかに笑った。
確かに一つの気持ちを伝えられた気がして、私も笑顔で家を後にした。


その後に小さく泣いたことを母親から直接聞けるのは、もう少し後の話し。




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