妹変 | ナノ
走り出した気持ち


鏡花が家を出て行ってからどれくらいの時間が経っただろう。


空の真上で輝いてると思ってた太陽も今は傾いてオレンジになってる。
時計の長針は六周くらいしたかもしれない。


秒単位にすると膨大な時間。
それでも鏡花と過ごしてきた時間に比べれば一瞬にも満たない。


『年』って単位に比べれば『日』はいくらか小さな単位だ。
お互いを傷つける言葉をやり取りしたのは、それよりもっと小さい単位の時間。


その数分をこんなにも長く感じる俺の時間感覚は多分おかしい。


『兄さんはプロの選手だもんね。世間体とか大事なんでしょ』

『お前がそんな趣味だからこんなことになったんだろ!』


俺は何を言ったんだろう。


『兄さんだけは…そんなこと言わないと思ってた』


自分の鬱憤だけを吐き出して妹を傷つけた。
それでやっと、鏡花が数日前から俺に怒っていた理由が分かった。


勉強が出来たらいい子か?
見かけが良かったら自慢の妹か?
そうじゃなかったら、世間から隠したいような恥ずかしい妹か?


そんなことあるワケない。


変な趣味でも楽しそうに笑ってくれたならいいんだ。
余所のヤツが認めなくたって俺だけは認めてる。


オタク趣味に心血注ぐ鏡花も、テストを頑張った鏡花も、全部俺の妹なんだ。


一つでも否定してしまったら全部を否定したことと同じになる。
そんなことにも気付けなかった俺は大馬鹿野郎だ。


『私は悪いことしてないのに、何で謝るの』


全くもってその通りだ。


『このままじゃアイツ駄目になりますよ』


世間から認められようと、お前が笑ってないなら意味ないのにな。


二人の時は大丈夫なのにそこに他人が入ると急にグラつく。
やっぱり俺はダメ兄貴だ。


それでも、鏡花が俺の妹であるのが絶対のように、俺も鏡花の兄貴なんだ。


今度はラクに頭を下げたりしない。お前が戦うなら一緒に戦う。
だから、また呼んでくれ。そしたら俺は昔みたいにお前を守るから。


頼ってくれ、俺のこと。


力になるどころかお前を傷つけた俺だけど。
自分でも泣きたくなるくらいにどうしようもない情けない兄貴だけど。


「……よしっ!」


言葉も考えも何もまとまらないまま立ち上がる。
色々なことに気がついたら、取りあえず座ったままではいられなかった。


「鏡花を探しに行こう!」


気付いたことは全部伝えよう。今すぐ伝えたいから会いたい。だから探す。
それだけ分かっていれば充分だ。


携帯電話を取り出す。けど思い直してすぐにしまった。
昔はこんなモンなくてもアイツを探すのは得意だったんだ。


兄貴は隠れた妹を見つけるのが得意で、ヒーローより強いのが鉄則だ。


上着を羽織って外に飛び出す。
秋特有の冷たい空気を浴びても熱い気持ちは冷めなかった。


「逆に燃えるっつーの…!」


これを勝手にかくれんぼに例えて忘れかけていた童心をよみがえらせる。


結構変わったかと思ってたけど、やっぱり変わってなかった。
昔から何一つ変わらない俺と鏡花の関係性。


過去があってこその今だ。
振り返って戻りたくなるような過去があるから、今がこんなにも楽しい。


楽しさと同じだけ、歪みも大きくなったかもしれない。
けれどもそれは清算できる。リセットできる。何度でも始め直せる。


(まずは謝って、気付いたこと伝えて、そんでそんで…)


たくさんの言葉が俺のちっぽけな頭の中を埋め尽くす。
それをまとめあげる能力もなければ、選んだりする余裕もない。


だから走る。


頭脳労働よりこっちの方が得意だ。
走ってる内に考えもまとまる。鏡花の顔を見た瞬間に言葉なんて溢れてくる。


そう信じてただ走れ。




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