妹変 | ナノ
my fairytale


後ろに伸びる自分の影に重さを感じるほど憂鬱な帰り道。
体育の授業がない日だって、学校に行くといつだって疲れる。


「おかえりー」


のろのろ歩いてやっと着いた家には兄さんがいた。
気の抜けた声にほっとして、兄さんに近付こうと踏み出した足は軽かった。


ソファに座ってテレビを見ている兄さんの隣に腰を下ろす。
横顔を見て思い出された嫌な記憶を気持ちごと忘れようと頭を振る。


「ん?どうかした?」


さすがに気付かれたみたいでバツが悪い。
適当な会話で誤魔化そうと思って真っ先に浮かんだのは忘れようとした話題。


『世良さんってもしかしてETUの世良と兄妹だったりする?』

『サインもらってきてほしいなー…とかダメ?』


忘れたいと思えば思うほどそれが頭にこびり付いて離れない。
こんなの嫌なのに。兄さんが隣にいるのにこんな気持ちのままは嫌。嫌だ。


「……プロの世界はどう?」


湧き上がる感情を無理に押し殺して声を絞り出した。
何もかも摂理に反した行動は苦しくて仕方ない。


今度は兄さんに気付かれないように制服のスカートをきゅっと握る。
兄さんは苦笑してたけど、別にそれに気付いたわけじゃなさそうだった。




「実力の世界だから厳しいけどやっぱ楽しい。ずっと憧れだったわけだし」




その言葉は今の私にとって深く胸を突き刺す鋭さを持っていた。
気休め程度にスカートを握っていた手に無意識に力が込められていく。


不甲斐ない自分に腹が立って、ただただ悔しかった。


頑張ってる兄さんを素直に応援できない自分を心の底から嫌悪した。
だけど、どうすればいいの。


さっきみたいに簡単に次の一歩が踏み出せないの。


兄さんの隣にはもう行けない。
かと言って、私は兄さんみたいにもなれない。


現実となんか戦えない。だって私には夢がない。指針も目標も何もない。


それに気付いてしまったらもう何も出来ない。
部屋に戻って、枕に顔を押し当てて嗚咽を我慢するくらいしか出来なかった。


*** *** ***


涙が完全に止まったのは深夜になってからだった。
乾燥して張り付いたように痛い喉を潤すために台所へと向かった。


(そうだ、アニメって深夜にやってるんだっけ…)


リビングのテレビを見て不意にそんなことを思った。
単なる偶然。思いつき。オタクという未知なるものへの興味。自由への可能性。
それらが自分の中で合致した時、私はテレビのリモコンを手に取った。


「本当にやってる…」


適当にチャンネルを回していたら一つのアニメ番組にたどりついた。
数年ぶりだからか、そのアニメは妙に新鮮に感じた。


(昔は兄さんと見てたっけな。戦隊物とかも)


小さい頃はアニメも話題の一つして普通に自分の中で存在していた。
それもいつしか無くなっていった。
視野が狭くなったわけじゃない。無くなるのが自然な流れだった気がする。


「しっかし、このアニメつまらないな」


考え事をしながらもぼんやり見ていたアニメはとてもつまらなかった。
アニメのキャラクターは楽しそうだけど、見てるこっちはちっとも楽しくない。


(それは私が共感できないから?)


みんなが笑っている学園生活。誰に嫌味を言われることもなく笑ってる。
画面の中のキャラクターは人を妬むこともなく、ただ幸せそうに笑っている。


そんな光景が本当にあるなら、それは人の理想じゃないか。


理想だけを詰め込まれたキャラクター。理想から生まれた存在。
人の理想がいっぱい詰まった世界が私の空虚な心を満たしていく。


止まったと思った涙がまた溢れてくる。
それを拭うと今度は、今までと違う衝動が腹の底から湧き上がってくる。


黙っていたら自分の無力に対する苦しさが瞳から零れ出す。
そうじゃない。ごちゃごちゃの感情を自分の意思で吐き出したい。


無力でも叫びたい。情けなくても思いっきり叫びたい。叫んだっていい。叫べ。




「王様の耳はロバの耳ーーーーーっ!!!」




言葉は何だってよかった。ただ叫んだ。自分の存在を叫んだ。


ご近所迷惑も家族迷惑も関係ない。
もう常識なんて下らないものには捉われたくない。


私は世良鏡花だ。それだけ分かっていればいい。


全ての感情を吐き出すことには成功したようで、頭と胸の中はスッキリしてる。
自分が一番やりたいことも分かった気がする。


私は、いつでも純粋な気持ちでいたい。


そして出来れば兄さんにあの言葉をもう一度言いたい。
今度は純粋な気持ちで祝ってあげたい。


子どもの時のような綺麗で素直な気持ちを、兄さんにもう一度伝えたい。


嫌な物に触れなければ、きっと純粋な気持ちのままでいられる。
綺麗な物にだけ接し続けていれば、いつかは自分もキレイになれるはず。


人の理想から生まれたものをずっと見ていよう。それがきっと一番の近道だ。


*** *** ***


「世良さんがオタクだったって本当?」

「それが本当らしいよ。秋葉原にいるの見た人がいるんだって」

「ケッコー重度らしいね」


噂はあっという間に広がって、オタク歴も浅いというのに虚像は立派なものだ。
だけど、もう周囲の言葉には影響されない強い私がいる。


胸を張って廊下を歩いていると、その中でも気になる言葉が耳に入った。


「じゃあさ、いつかの兄妹疑惑ってやっぱウソだったのかもね」

「つーかガセであってほしいわ。あんなのが妹だったらカワイソウ」

「もうガセ決定でよくない?」


歪んだ達成感。それに伴う歪んだ歓喜。
他人から向けられる視線が嫉妬から侮蔑に変わる。


ずっと望んでいたことが叶うのはどんな形であれやっぱり嬉しかった。
それがどんなにいびつであると分かっていても。


それは逃げだったのかもしれない。
でも、それはいつしか私の中で唯一の現実になった。


誰にも言わない決意を胸に秘めて、私の世界は思う通りに形を変えてく。




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