妹変 | ナノ
甘いココアより苦いコーヒーを
ここ数日、世良さんの様子が変だった。
それとなく探りを入れてみたら妹とケンカしたことをあっさり吐いた。
珍しくどうにもならない様子だったから助け舟を出してやろうと来た次第だ。
それなりに構えていたワケだが、これはさすがに予想外だった。
目的地に辿りつく前にソイツに会うのは予想外だ。
「何やってんの、お前」
そう声を掛けると虚ろな瞳を向けられた。
すぐに驚きで見開かれたが、聞いてたよりも事態が悪化してるのは分かった。
「…来るか?」
「はい?」
「俺の家。来るか?」
「………うん」
妹も兄と同じくあっさり釣れて驚いた。
*** *** ***
「そこ座ってろ」
恐らく初めての男の家に居心地が悪そうにしてるヤツに適当な指示を出す。
きちっと椅子に座ったのを見てから茶を用意しにキッチンへ向かう。
コイツに礼儀云々言った手前、俺が用意しないワケにはいかない。
思ったより面倒くさく感じて少しだけ後悔した。
それと後悔と言えばもう一つ。
前に世良さんにコイツの好きな物を聞いたことがあった。
あの人はいつもの明るさで役に立たない答えをくれた。
『鏡花はココア好きだぜ!』
そういうことじゃねえよ。その時はそう思った。だけど今は後悔してる。
(ココアなんてウチにはねえよ…!)
下らないと馬鹿にせずに用意をしておけば良かったかもしれない。
用意しておいても損はなかったと今更ながらに気付く。
(……まあいい)
どんなことが起きようが俺は俺のやり方を変えない。
あの人のマネはしない。
俺はあの人と違ってコイツを甘やかさない。
「ほらよ」
苦いコーヒーで俺なりの歓迎の意を表してやる。
低スペック妹はそれに負けないくらいの苦々しい顔をした。
「……どうも」
渋々と言った様子だが一応は受け取る。
気でも遣ってんのか強がりなのか、妹はカップに口をつけた。
「う、にが……」
小さい呟きと共にカップを口から離す。
慣れない苦味に歪む顔。いくら背伸びをしていてもやっぱり子どもだ。
「…何ですか?」
「別に。子どもには苦かったかよ」
「平気です、子どもじゃないですから」
「大人が兄貴とケンカすんのか?」
「…!」
このアホ兄妹はカマかけに素直に引っ掛かる。ある意味で羨ましい素直さだ。
加えて今はいつもの反抗的な態度も抑えられてるから話しが進めやすい。
「その趣味はどっから始まったんだよ」
「…高校一年生の時から」
低スペック妹はバツが悪そうにしながらも素直に質問に答えた。
その姿が頭の中の世良さんとダブって少しイラついた。
「最近じゃねえか」
「そんなことない。年季はいってる」
「たった二年でかよ」
俺がそう言うと低スペック妹は黙る。いつもの嫌味を言う元気もないらしい。
相当重症みたいだがこれだと俺がつまらない。
俺は目の前でしょげてるヤツからカップを奪い取った。
「話すんなら無理して飲まなくてもいいけど?」
何をかは言うまでもない。
空気の読めない兄とは違ってこの妹なら分かるはずだ。
「……好事家…」
「テメェあとで覚えてろよ」
取りあえず、話し終わるまでは待っててやるよ。
ソイツは俺に見せつけるように大きな溜息を吐いてから小さく息を吸った。