妹変 | ナノ
会いたい。会いたくない。
ひどいことを言ってしまった。だからひどい言葉で返された。それだけ。
『兄さんはプロの選手だもんね。世間体とか大事なんでしょ』
別に心にもないことを言ったわけじゃない。
『お前がそんな趣味だからこんなことになったんだろ!』
お互いにしまっていた本音を言っただけ。
それがお互いに聞きたくない言葉でも止められなかっただけ。
たったそれだけのことなのに、世の中の人は『ケンカ』と名前をつけて騒ぐ。
私は兄さんとケンカをしたんだろうか。
人とケンカなんて久しくしていない。
そもそも私はケンカをするような距離に他人を置いてない。
(兄さんとはケンカが出来るほど近かったんだ…)
少しだけ口元が緩む。でもまたすぐにきゅっと唇を噛み締める。
薄く開いた唇から必死に堪えてる何かが零れそうになるから。
やっぱりダメだ。それだけなんて割り切れない。辛い。
(…どうしてこうなったんだっけ)
こうなった原因も、こうならない為の選択肢もきっとたくさんあった。
複雑すぎて何か一つに断定は出来ない。
兄さんと過ごしてきた時間は私にとって膨大すぎる。
そこまで考えて八方塞になった時、私の足は自然と始まりの記憶にある場所へと向かっていた。
*** *** ***
「変わってないな…ここ…」
小さい時によく兄さんと一緒に遊んだ公園。
天気があまり良くないこともあってか人影は疎らだった。
遊具で遊んだりするほどもう子供じゃないから、取りあえずベンチに座った。
全体を見渡してみて、誰も遊んでいない遊具を見て昔を思い出す。
兄さんをまだお兄ちゃんと呼んでいた頃、私たちは本当に普通の兄妹だった。
普通に遊んだり話したりする普通の兄妹だった。
その普通が私にとってどれだけ特別だったかを、兄さんはきっと知らない。
私はあの頃から何も変わってないと思う。
変わらない努力を、私は今までしてきたんだと思う。
変わりたくなかった。
変わらなきゃいけないことは分かってた。
何度も変わる機会はあったのに、私はそれをチャンスと思えなかった。
一番楽しかった時間が忘れられなくて、それをいつまでも続けていたかった。
その為の努力がどんなに陳腐でも私は一生懸命にやってきた。
小さな違和感には気付かないフリをした。
すれ違って遠くなる距離に焦っては近付いた。
ずっとそうしてきたはずだったのに。
いつしか感じる違和感は大きくなって、すれ違いは埋められないほどになった。
今回はたまたまそれが爆発しただけ。
まさに自業自得としか言いようがなくて、起こるべくして起こったこと。
「…ばーか」
だから自分にぴったりのその言葉を一つの区切りにしよう。
だってもう前みたいには戻れない。
自分のワガママで兄さんを傷つけた。きっと許してなんかもらえない。
(あんなに…怒らせちゃったんだから…)
熱を持ち出した目を乱暴に擦って、溢れ出す感情を薄める努力をする。
気休めに昔の流行歌に倣って上を向くと滲んだ曇天が映った。
*** *** ***
さて、今の私にはいくつかの選択肢がある。
家に戻って何もなかったかのように普通の生活に戻る。
兄さんに冷たい態度を取り続ける。
おじさんの家に避難させてもらってしばらく冷却期間を置く。
さあ、どれにしよう。
どれも解決には至らないと分かっているけれど、迷うフリくらいさせてほしい。
「何やってんの、お前」
明らかに私に向けられた言葉。だけど声の主は兄さんじゃない。
ここ最近で随分と聞きなれた響きとなった声。
兄さん以外で私に声を掛ける人物なんて限られてる。
下手をしたら、今の状況でも兄さんより会いたくない相手かもしれない。
「バカざき…」
「赤崎だ。低スペック妹」
それなのにもう一つ選択肢が増えたような気がしたのは、認めたくない事実。