妹変 | ナノ
ネットだから恥ずかしくないもん!
兄さんがリビングにある家族共用のパソコンを使ってネットをしている。
その珍しい組み合わせに浮かぶのは、若干の危険を孕んだ可能性。
「背が伸びる薬とか止めといた方がいいよ。あれウソだからね」
「やんねえよ!」
画面に見入っている兄さんに背後から声をかけるとすごい勢いで否定された。
どうやら私の杞憂だったらしくて少し安心する。
「兄さんがパソコン使うなんて珍しいね」
「そうか?」
「うん」
私が自分から兄さんに話しかけるくらいには珍しい。
どうして本人が気付いてないのか不思議になる。
「何か調べもの?」
「あーっと…英語とか喋れるようになりたいと思って」
兄さんから意外な単語が飛び出す。
てっきりサッカー関連かと思っていたから、不意打ちに少し驚いた。
「何で英会話?」
「そりゃあ……出来た方がいいだろ」
返答に詰まったような、隠すような妙な間に大体の事情を察する。
詳しくは分からないけど何かあったことは間違いない。
「よく分からないけど頑張ってね」
これまでのやり取りで、私が感じた疑問の大半は解消された。
用も興味もなくなったところで自室に戻ろうと踵を返す。
「鏡花、ちょっと待って!」
「なに?」
呼び止められて振り返る。
声の調子と同じく、少し慌てた様子の兄さんがいた。
「俺ネットって詳しくないからさ、ちょっと教えてくんねえ?」
兄さんが気まずそうに私に頼む。
付け足しで言っているのか、本気で言っているのかは分からない。
いつも兄さんの本心が分からないまま一緒にいる時間だけが増えていく。
「…いいけど」
時間はたくさんあるから、少しだけなら兄さんの為に使ってもいい。
私がそう思うってしまうのもいつものこと。
*** *** ***
「鏡花は英語どう?」
「どうって言われても…別に普通」
兄さんに席を譲ってもらったことでさっきまでの立ち位置が逆になる。
私が画面の前に座っていて、それを兄さんが横から覗いている。
「グー●ル先生に頼れば隙はないしね」
マウスを動かして私が最も信頼する大手検索サイトを開く。
たったそれだけのことなのに、横にいる兄さんに妙に感心されて恥ずかしい。
「本格的な英会話ってなると難しいけど、それ以外ならネットで問題ないよ」
はやくこの恥ずかしい状況を変えたくて言葉を続けた。
「それ以外って?」
「エロゲのぶっ飛んだタイトルを英語で言うとどうなるか調べるとか?」
「お前そんなことしてんのか…」
隣にいる兄さんが落ち込んでるけど、いつものことだから今更気にしない。
私はいくつか単語を打ち込んでエンターキーを押す。
「無料の翻訳サイトもたくさんあるし」
「うわ、本当だ…」
検索をかけると瞬く間にサイトがズラッと出てくる。
私の横で驚く兄さんを見て、これはすごいことなんだと改めて理解した。
「どれがいいとかある?」
「うーん。エキサ●ト翻訳がオススメかな」
「使いやすいとか?」
「違うよ、ツッコミがすごいんだよ」
ますますワケが分からないと言いたげな顔をする兄さん。
百聞は一見にしかずということで、私はそのサイトを開いた。
二つの白い入出力ボックスが横に並べて表示される。
日本語から英文に変換できるようにして、原文ボックスにカーソルを合わせる。
『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』
見慣れた文を打ち込む。
隣で騒ぐ兄さんは無視して、私は翻訳ボタンを押した。
『Because it is not pants, it is shameful. 』
訳文が出力される。
今度は原文として入れた文章を消して、翻訳して出てきた文をコピペする。
「ここからがエ●サイト先生の実力だから。よく見ててね」
英語から日本語に変換するよう設定し直すのも忘れない。
兄さんに予告をしてから再び翻訳ボタンを押した。
『ズボンでないので、それは恥ずかしいです。』
さっきの大手検索サイト同様、一秒もかからずに訳文が出る。
お笑い芸人顔負けの超スピードツッコミだ。
「ね、すごいでしょ?」
「…すげーな…」
何度やっても面白いこの一連の流れを、私は兄さんに教えてあげる。
兄さんは力なく頷く。
共感してもらえないのに嬉しいのはどうしてなんだろうな。
兄さんが私に聞いてくれるから、知ってることは何でも教えてあげたくなる。
だからネットでも何でも、いつも面白いことを探してしまう。