妹変 | ナノ
何でも崩すのは一瞬で


あれから鏡花とは話してない。
会話が少ないのなんていつものことなのに、こんな時だけ妙に気になる。


鏡花は相変わらず学校に行かないけどリビングにも来なくなった。
たまに飲み物を取りに来るだけだ。


「……………」

「……………」


そう、今みたいに。


普段なら何でもない沈黙が今はしんどく感じる。
互いが互いの存在を無視してるような居心地の悪さが一秒毎に増していく。


(前はこんな時どーしてたっけ…)


意識しても思い出せないくらい他愛のないことを話しかけてた気がする。
鏡花から話しかけてくることも、たまにだけどあった気がする。


今はどちらからも話しかけない。
合う合わないはともかく、話題なんていくらでもあるはずなのに。


(…どうしてこんなことになったんだろ)


三日前に鏡花の喧嘩を仲裁したのが原因なのは間違いない。
だけど、鏡花が何に怒ってるのかは分からない。


(このままじゃダメだ…)


時間が解決してくれる気がちっともしない。
今ここで自分が動かないともっと悪くなっていくだけだ。


「なあ、鏡花」


早く『いつも通り』に戻りたかった。
ただの焦りで声をかけてしまったことを今では後悔している。


「今日はここでゲームしねーの?」

「しない。兄さんがいるから」


妹の反応は素っ気無さを通り越してツンケンしてる。
心に何とも言えないモヤモヤが募る。


(そもそも何でこうなったんだ…悪いのは俺だったのか?)


鏡花の芳しくない反応に焦っているはずなのに、頭のどこかで考え出す。


「悪かったって」


自分の中の違和感を押し殺しながら口だけの謝罪をする。


「…何が?」


鏡花がこちらをちらっと見る。その目は不快感だけを俺に伝えた。
それを感じ取ってまた胸に何かが募る。


(何で謝ってんだよ、俺)


頭の片隅で響く声が段々と大きくっていく。
それはもう押し殺せないほどになって、逆に建て前を潰した。


「あそこではああ言うしかないだろ」


三日前に最善だと思って取った行動は今でも最善だったと思ってる。
俺には鏡花に怒られる謂れなんてない。


ただ守りたかったんだ、お前を。


とっさに守ったものが一番大事なものなんだと思ってた。
それは相手にも伝わると、思ってた。


「兄さんはプロの選手だもんね。世間体とか大事なんでしょ」


何で伝わらないんだよ。


「…ちげーよ」


胸に少しずつ募っていた気持ちは怒りだったんだと気付く。
その苛立ちが、短い否定の言葉に必要以上の感情を込めさせた。


どうしてこんなことになったんだ。


そう何度も繰り返しながら自分の中に原因を探していた。
だけど見つからなかった。


俺じゃない。そもそもの原因はなんだったか思い出せ。


『この人がぶつかってきて箱が損傷したの!』


そうだ、ただの箱だ。
俺にとっては何の価値もないただの箱。鏡花にとってだけ大事な箱。


『兄さんはプロの選手だもんね。世間体とか大事なんでしょ』


もう、何も大事なんかじゃない。


「お前の変な趣味のせいだろっ…全部!」


ずっと塞き止めていたものが壊れたら止まれない。


「お前がそんな趣味だからこんなことになったんだろ!」


溢れ出したその言葉は俺の本音だったんだろうか。
じゃあ何で吐き出してもちっともラクにならないんだろう。


無力感ばかりが募っていくんだろう。


「……っ」


鏡花が小さく息を飲み込む音が聞こえた。
その瞬間、ものすごく後悔した。


「兄さんだけは…そんなこと言わないと思ってた」


不器用ながらも必死に積み上げてきたものが一気に崩れる音がした。
遅いけれど、その時に気がついたんだ。


俺は妹と多くのものを共有できていたんだって、失くしてから分かったんだ。




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