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一枚の絵


世界中を旅して、たくさんの風景に出会った。


普通の生活では何かが足りなくて、私はそこから飛び出した。
絵がきっとそれを埋めてくれる。


スケッチブックと鉛筆と絵の具と筆とわずかなお金。
持ち物はそれだけで充分だと思ってた。


だけど、一枚の絵の制作は困難を極める。


私は旅を続けている内に気付き始めた。
もしかしたら根本的な何かが間違っているのかもしれないと。



「おせーよ」

「すみません」


夜になってから約束のクラブハウスへと向かった。
意外なことに、既に待っていた達海さんに怒られる。


「行くよ、ふゆ」


達海さんに手を掴まれて引かれる。
思ったより速い歩調に慌ててついて行く。


達海さんは何も言わない。
ずっと前を見ているから背中しか見えない。


五年前は逆だったのに。


今は私が迷ってる。立ち止まってる。
ちっともゴールが見えない旅に疲れてしまった。


『お前さ、俺が言ったこと覚えてる?』


その言葉に期待しても良いんですか?
ここがゴールでも良いの?


何も成し遂げられなくて苦しい。
あなたに追いつけないから、辛いのかな。


達海さんの手を握り返してみる。
すると達海さんは一瞬振り返って、また前を向いた。


「これから見せる景色さ、お前が見た中で一番だから」


そう断言されて驚いてしまう。
達海さんは五年前と変わらない笑顔を私に見せた。


「だから、もう旅するのやめろよ」


急に目の前の景色が開ける。


一面に広がる緑。
星も出ていない紺色の空がよく見える吹き抜けの天井。
その二つを分ける境界線のような、人の居ない観客席。


そして、その全てを支配するように、背負うように立つひとりの人。


昔は選手で、今は監督として。
この人はどんな気持ちでグラウンドに立ってるんだろう。


どんな気持ちで、私をここに連れてきたんだろう。


「…そうですね…」


突き放されたような、受け入れられたような感覚。
ただ一つ分かっていることは。


「私はずっと、この景色を探していたのかもしれません…」


初めて見る風景なのにしっくりくる。


頭に浮かんだ一枚の絵。
それが目の前の景色とちょうど重なった。



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