短編 | ナノ
幸せのお味は


恋人である理乃ちゃんが初めて手料理を振舞ってくれた。


メニューは俺の強い希望で肉じゃがだ。
やっぱりここはオーソドックスにというか理想というか、まあ諸々だ。


「いただきまーす!」

「どうぞ」


うっすらと美味しそうな色がついたじゃがいもに箸をつける。
箸から伝わってくる感触からして煮込み具合もちょうど良さそうだ。


(好きな子が自分の為に料理作ってくれて、しかもそれが美味そうとか…!)


俺って最高に幸せ者だ。
既に想像だけで幸せな気分だけど、それに浸って満足しちゃいけない。


目の前でほくほくしているじゃがいもをついに口へと運ぶ。
口の中に入れた瞬間、当たり前だが想像以上の美味しさが広がった。


早く終わらすには惜しすぎる美味しさなのでつい長々と咀嚼してしまう。
幸せと一緒にじゃがいもを噛み締めるにつれ、何となく思った。


「理乃ちゃんって薄味派?」


もう一度言う。すっごく美味しい。
だけど感じる味は俺がいつも食べる料理よりか少しばかり薄い気がする。


「…………」

「あ、別に文句とかじゃなくて!すっごく美味しいんだけど!」


無言の理乃ちゃんに焦って急いで取り繕う。
言ってて自分でも苦しいと思う。一言目と二言目が明らかに逆だ。


(どうしてすぐに美味しいって言わなかったんだよ俺!)


数秒前の自分の発言を激しく後悔する。
何事も最初が肝心だって言うのに、俺は一体何をしてるんだ。


「足りなかったらこれどうぞ」


俺の目の前に調味料がドンと置かれる。まさかそう来るとは思わなかった。
確かに俺が悪いんだけど、何かこれは違くないか。


女の子は自分の手料理に調味料かけられるのを嫌がるってどこかで聞いた。
なのに自分から差し出してくるっていうのは新しすぎる。


「全然足りなくない!マジで美味しいって!」

「下手なフォローはもういいから」


さっきと同じく一刀両断される。なんかしょげて箸が止まった。


「…恭平くんは、濃い味が好きそうだね」


俺とは違って箸が進んでいる理乃ちゃんが小さく呟く。
その真意は掴み損ねたけど、俺はその言葉であることに気がついた。


俺も理乃ちゃんも、きっと今日まで自分が普通だと思ってた。
だけどそんなワケはなくて、二人の普通を合わせれば必ずズレが出てくる。


どんなに好きでも、恋人でも、全部一緒は難しい。


それでも俺は、理乃ちゃんと同じものを同じように感じたい。
そうやってずっと一緒に過ごしていきたいから。


「俺の好みが理乃ちゃんの好みになってくれれば嬉しい、かも」


さっき失敗した時と同じで、また考えなしの言葉が勝手に出てきてしまう。
ついに理乃ちゃんの順調だった箸運びが止まった。


「…自分が合わせる気はないんだ」


鋭い視線と厳しいツッコミ。尤もすぎて何も言い返せない。
いや、元々が俺の非だから言い返す気はないんだけど取り繕ってはおきたい。


そんな俺の焦りをよそに、理乃ちゃんはくすっと笑った。


「じゃあ今度作る時は付き合って。恭平くんに合わせるから」


俺の話術とかとは全く関係なしに次の約束を取り付けることが出来た。
いつそんな流れが出来たのかさっぱり分からない俺としては拍子抜けだ。


理乃ちゃんとは自然とそうなっていける関係ってことなのか。


それに気付けたらすごく嬉しくなった。
この幸せな時間がいつまでも絶えることなく続いてほしい。そう思った。


「それで次の彼氏に『前の彼氏は濃い味が好きだった』とか話すんだね」

「次とかないから!俺も理乃ちゃんも!」


有り得ない可能性を否定しながら、近い未来にある幸せに思いを馳せた。




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