短編 | ナノ
王子様の言う通り


髪を切るタイミングは難しい。


髪の毛は長いと邪魔だし、短いと心許ない。
かと言って、ちょうどいい長さなんてものがあるかと言えば、ない。


結局は個人の好みだ。
だから私は明日、髪を切ろうと思う。


「理乃、髪を触ってもいい?」


女並みに勘のいい恋人がバッチリのタイミングでそんなことを言い出す。
胸にモヤモヤとした物を感じながらも、二人きりの部屋で私は頷いた。


それを見て、ジーノは優しく私の髪を撫でる。
遊ぶように指を滑らせたり、一房すくってキスを落としたりする。


髪の毛に感覚なんてないはずなのに、くすぐったく感じた。


「髪、長くなったよね」


囁かれるように紡がれた言葉が昔を彷彿とさせる。


ジーノと初めて会った時、私の髪は短かった。
私は彼に一目惚れしてしまって、それからは願掛けみたいに髪を伸ばした。


別に髪の長い子が好きだと言われた訳でもなんでもない。


自分なりのおまじないみたいなもの。
私の中にある、ほぼ唯一の女の子らしい部分だ。


そんな女々しさに嫌気が差して、断ち切ることで区切りを付けたくなった。


それに、もう良いかなって思う。
ジーノとこうやって恋人になれたんだから、この願掛けも必要ない。




「ボク、この長さ好きだよ」




私の髪を弄り続けるジーノが、また最高のタイミングでそんなことを言う。
不必要だと思ってるものを好きだなんて言う。


突発的で何となくの決心なんて、その一言で崩れ去った。


「明日切るって決めてたのに」

「実を言うと、そんな気がしたんだ」


私が不機嫌そうに呟いてもジーノは笑顔を崩さない。
全てお見通しとでも言いたげなその態度が少し悔しかった。


「私の髪が短くなると何か困ることでもあるの?」

「困りはしないさ。でも寂しいだろう?」


なにが、と私が返す前にジーノは弄んでいた髪から手を離す。
戻った髪がたてた僅かな音が聞こえそうなほどの静寂が室内を満たした。




「ボクとの想い出まで断ち切られるみたいで寂しいじゃないか」




どうして私は、こんな歯が浮くようなキザな台詞を言う人に惚れたんだろう。


そんな人に決意は打ち砕かれるし、明日の予定も無効にされるし。
普段は冷静ぶってるはずの顔も赤くさせられてる。


「理乃は可愛いね」

「…うるさい」

「ボクにだけ恋する可愛い理乃は好きだよ」

「…私は女々しくて嫌いなの」

「好いてあげなよ。ボクが好きって言ってるんだから」

「…………」


俯くと赤い顔を隠してくれるこの長い髪は、しばらく切らないでおこうと思った。




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