短編 | ナノ
気分はトリマー
この前の大阪戦で逆転ゴールを決めた。
すんげえ嬉しかったし、理乃ちゃんも一緒に喜んでくれた。
それは良かったんだけど。
「いってー…」
ゴールを決めた時に相手に蹴られた肩が痛い。
少しの上げ下げでも痛むし、腕を上げるなんて以ての外だ。
痛むのと逆の腕で何でもやるようにしてるけど、不便なことも多い。
風呂上りに髪を拭くのもその一つだ。
「やりにくそうだね」
そんな様子を見兼ねたのか、理乃ちゃんが俺に声をかける。
理乃ちゃんが気に掛けてくれてるのが分かって嬉しい。
俺は込み上げてくる笑顔を隠さずに返す。
「そう見える?」
「うん、とっても」
俺の下心を見透かしたような笑顔。
理乃ちゃんにはホント敵わないと思う。
「こっち来て。やってあげる」
こんな遠回りのやり取りが大好きなんだ。
理乃ちゃんに甘えてもいいって言われてるみたいで。
*** *** ***
やってあげると言ったはいいけど、やり方がよく分からない。
取りあえず、力加減を気にしながら水を拭き取る。
「恭平くん」
「んー」
「どう?」
「んー」
下を向く恭平くんから生返事が返ってくる。
いつも恭平くんの元気さをそのまま表すように跳ねている髪。
それが今は、水を含んで大人しくなってる。
恭平くんの状態を的確に表してるみたいで面白い。
(犬の尻尾みたい…)
思い返してみれば、恭平くんって犬みたいかも。
感情表現が素直なせいかな。
「理乃ちゃん」
「…なに?」
込み上げてくる笑いを隠しながら返事をする。
恭平くんに顔を上げられたらアウトだけど、今はその心配もない。
「俺これ好きかも」
「これ?」
「こうしてもらうの。何か気持ちいい」
私が何を思ってるかも知らずに、恭平くんがそんなことを言う。
込み上げてくる笑いに違うものが混ざるのを感じる。
それがむずがゆくて、恭平くんの髪を拭く力をほんの少し強めた。
「…恥ずかしがってる?」
照れ隠しは恭平くんにすぐバレる。
嬉しかったり悔しかったりだけど、いつも嬉しい気持ちが少しだけ大きい。
「私も好きだよ」
「ホント?」
「うん。トリマーみたいで」
「……!!」
でも、恭平くんより上手でいたい気持ちもある。
そんなでいつも素直になれきれない。
「俺、犬じゃないし!」
「はいはい」
「分かってる!?」
「はいはい」
恭平くんはしばらく喚いていた。
けど、いつまでも髪を拭き続ける私に気付くと静かになった。
もう恭平くんの髪はすっかり乾いていた。