短編 | ナノ
同居生活異常なし


一つ屋根の下で半年ほど過ごしていれば、どうしても許せないことも出てくる。


「遼くん。麦茶のパック切らしてたから緑茶でもいい?」


同居人にそう尋ねたのは休日のお昼時。
しまったと思った時には間に合わなかったのでとっさの代理策。


「…遼くん?」


無言で立ち上がってなんか冷蔵庫の方に行ってガサゴソしてる。
しばらくして戻ってきた遼くんの手には常備用の麦茶2リットルペットボトル。


「切らす前に買っとけって言ってんだろ」


呆然とする私にそう言い捨ててコップに麦茶を注ぐ遼くん。
何故だろう。ものすごく腹が立った。


でも、そんな小さなことでケンカをするのは馬鹿げてるからぐっと堪えた。
堪えただけで怒りを消化できてはいないから、ただ下火になっただけたけど。


(そうだ。ちょっと贅沢しちゃおう)


と言っても、自分のお金を使ったりする気は毛頭ない。
お金をかけずに出来るささやかな贅沢をして優越感に浸ろうという考えだ。


(…一番風呂かな!)


一番風呂はいつも遼くんに取られてる気がする。
ならば尚更もってこいだ。遼くんにも私と同じ悔しさを味わってもらおう。


それを思いついたのはちょうど夕方だったからすぐに行動に移せた。


夕飯の準備が終わるのとほぼ同時に沸かし始めて、食べ終わったらすぐ入る。
実際その計画はとても上手くいって、食べ終わる頃にちょうどお風呂が沸いた。


いつもよりかなり早い時間だけど遼くんは何も言わずにテレビを見てる。
ここまで行けば計画はほぼ成功だ。


(じゃあ、やっぱり洗い物してから入ろうかな)


お風呂に全く興味がなさそうな遼くんを見て安心してしまった。
アスリートはお風呂の時間もきっと決めてるんだとか考えながら洗い物をした。


上機嫌で鼻唄を歌いながらそんなことをしていた私は馬鹿だった。


洗い物を終えていざお風呂に入ろうとしたら中から水の音が聞こえた。
私は静かに計画失敗を理解して、力なくリビングに戻って遼くんを待った。


十数分後。ほかほかして気持ち良さそうな遼くんが現れた。


「遼くんのバカ!」

「…なんだよ。うっせえな」

「私が私の為に沸かしたお風呂〜!」

「ああ?」


掴みかかって触れた遼くんの肌は温かくて水気があって、やっぱり腹が立つ。
もうそれは涙が出るほど腹が立つ。


「これが泣くほどのことかよ…」

「……うん」


一度は愛を誓い合った夫婦がどうして離婚なんてするのか不思議だった。
それが今は分かるようになって怖い。


今は小さくて下らないことだけど、いつかこれが大きくなったらどうしよう。
遼くんと別れる、なんてことになったらどうしよう。


こんな小さな諍いさえも怖くなる。


「理乃」


泣き顔を隠すために下に向けた頭を遼くんに小突かれる。
驚いて思わず顔を上げると、遼くんは隠しもせずに大きな溜息を吐いた。


「ちょっと待ってろ」


遼くんは冷蔵庫の方に行ってなんかガサゴソしてる。
そこまでは今朝のデジャヴだけど、手に持っている物は違っていた。


「お前コレ好きだっただろ」


そう言って差し出されたのはプリンだった。
セリフと行動と現物が見事に一致していることに安心してまた泣きたくなる。


「うぜえから泣くな。さっさとこれ食べて元のアホに戻れ」


また遼くんに軽く頭を叩かれる。けど今度は怒りは込み上げてこない。


「遼くん大好き!」

「知ってる」


涙がまだ少し残っているまま抱きつくと、遼くんがそっと拭ってくれた。


それは他人にとっては取るに足らない小さなこと。
そんなことで一喜一憂してる私は、きっと確かに恋してる。


「風呂の順番がそんなに大事かよ」

「遼くんはいつも一番風呂だから二番風呂の屈辱が分からないんだよ」

「なら今度一緒に入るか?」

「……二番でいい」




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