短編 | ナノ
リターンズ


今日の私は運が良い。


ちょっと用があって隣町まで来た。
バスで来たけど、一度も信号に引っ掛からなかった。
用事も思ったよりずっと速く終わった。


だから時間を持て余してしまっている。

こういう時って、そのまま帰るか、寄り道していこうか迷う。


「理乃ちゃーん!」


知り合いはいないはずの隣町で私を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、見知った人が自転車で颯爽と現れる。


「恭平くん…」

「すっごい偶然!どーしたの?」

「ちょっとね。恭平くんは?」

「俺もちょうど用事あってさー」


めったに来ない隣町なのに、こんな偶然ってすごい。
やっぱり今日は怖いくらいに運が良い。


「理乃ちゃんもう帰る?」

「…迷い中」


恭平くんにそう言われて思い出す。
私は寄り道するかどうか迷ってたんだった。


「帰るんだったら後ろ乗ってよ。送ってくし」

「…うん」


突如出現した第三の選択肢を迷わず選んでしまった。
私って現金なヤツだ。


私が自転車の後ろに腰掛けたのを確認して、恭平くんは走り出した。


景色が緩やかに流れていく。
バスと違うのは風を感じるってこと。


それと、手を繋いで歩くよりも恭平くんを近くに感じる。


私のすぐ横に恭平くんの背中がある。
たくましく見えるのはきっと錯覚なんかじゃない。


(抱きついてみたい…かも)


じっと見つめるけど、前を向いてる恭平くんは気付かない。
こんなに近くに居るのにな。


「理乃ちゃん、あのさ」

「…!」


前から恭平くんの声が聞こえる。
あまりのタイミングの良さに驚いてしまう。


「な、なに…?」


恭平くんが前を向いたままで良かったと思う。
こんな赤い顔を見られなくて済むから。


「良かったら俺に掴まってよ。揺れたりしたら危ないから」


やっぱり、今日の私は運が良すぎる。


好きな人を何よりも近くに感じられて。
その背中に抱きつく口実まで貰ってしまったのだから。


「うん、ありがと」


火照った顔を隠すように恭平くんの背中に抱きつく。


ゆっくりと過ぎていく景色。
頬に感じる風と、全身に感じる恋人の暖かさ。


まるで青春に戻ったような気分だ。
恭平くんに全てを委ねて、私はそっと目を閉じた。



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