短編 | ナノ
恋路
たまたま来た田舎で偶然見つけた。
人の行き交う駅前で、ギターを弾きながら歌う少女を。
伸びのある歌声。目を引く容姿。
素人目にも、十分魅力のある少女だった。
理由は分からないが、思わず足を止めてしまった。
そして、時間も忘れて聞き入ってしまった。
「いいモン持ってるな、お嬢ちゃん」
軽く拍手をしながら話しかける。
俺を不審がることもなく、その子は笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
これが理乃との出会いだった。
その日から、俺は足繁く駅前に通うようになった。
理乃とも話すようになって、今ではすっかり顔見知りだ。
「今日こそ名前を教えて下さい」
「名乗るほどのモンじゃねぇって言ってるだろ」
「どうしてはぐらかすんですか」
「さあな」
理乃と話し、理乃を知っていく。
歌を聞きに行ってるのか、理乃に会いに行ってるのか。
いつしか分からなくなっていた。
「おじさんは何者なんですか?」
「気ままな旅人だ」
「…スーツで旅ですか?」
「そうだよ。カッコいいだろ?」
交流を重ねるにつれ、俺はどうして理乃が気になったのか分かった。
理乃は達海と似てるんだ。
早熟の才能と、少し子どもっぽい性格。
理乃はアイツそのものだ。
今度こそ潰しちゃいけない。
俺の手には余る才能と、大きすぎる存在。
俺は理乃から離れることを決めた。
「聞いて欲しい曲があるんです」
「なんて曲だ?」
「私が一番大好きな曲です」
理乃はいつもと同じようにギター1本で歌いだす。
今まで聞いたどの曲とも違う、どこか寂しげな曲調。
過った人間が他人の背中を押すような歌詞。
理乃が別れを察知していたことに気付く。
その上で、その曲を選んだ。
別れを惜しむ訳でもなく、ついて行くと言うでもない曲を。
どうしてお前らはそうなんだ。
他人の気持ちに人一倍敏感で、気遣いだけは一人前。
それを正しいと思って実行する。それは誰の為にもならないのに。
気付いたら俺は理乃を抱きしめていた。
「不幸にするかもしんねえけどよ、捕まえていいか?」
もう一度間違えようとして、ようやく分かった。
俺は年甲斐もなく理乃に惚れてるんだ。
歌を歌う声も、俺を呼ぶ声も同じように好きなんだ。
「捕まえたら離さないで下さいね」
「二度と離さねえよ」
小さな身体に大きな才能を秘める理乃を強く抱きしめた。
今度こそ守り抜く覚悟を込めて。