短編 | ナノ
シュフの気まぐれパスタ


恋人と同棲し始めて半月。
家で仕事をして、その合間に家事をして、そんな毎日。


「今日のご飯は何にしよう」


一人の昼食はインスタントで適当に済ませつつ、二人の夕飯のことを考える。


私は特別料理が得意なワケではない。
脱インスタントと言えるほど本格的な夕飯は作れない。


今日のお昼はこの前買った冷凍食品。
袋からお皿に出してレンジで五分半くらい温めると美味しく頂けるパスタだ。


まあ「これよりは手の込んだものを作ろう」くらいの意気込み。
少しぬるいかもしれない気持ちで、パスタをフォークに巻いて口に運ぶ。


「あ、メールだ」


テーブルに置いた携帯電話がカラフルなライトを点滅させながら震えている。
何で家でもマナーモードなのかと言えば、その方が気付きやすいからだ。


(前に遼くんに怒られたんだよね…)


付き合い始めた頃、送られたメールに半日くらい気付かなかったことがあった。
最初は謝って許してもらえたんだけど、何回も続くとさすがに怒られた。


その時の遼くんが恐過ぎて今でもちょっとトラウマ。
おかげでと思えば良いのか、着信には気をつけるようになった。


「遼くんからか…って、独り言多いな」


携帯とかテレビとか見てると一人で喋ってしまう癖があるので恥ずかしい。
メールの場合は言って満足して返信を打たない時もあるから要注意だ。


「えーっと何だろ…」


仕事用にかけていた眼鏡を外し、画面に映された文字を注視する。
徐々にピントが合ってくると衝撃的な文字が認識できた。




『今日の夕飯、俺が作るから』




さっきまで流暢だった独り言も出て来ないくらい驚いて、同時に後悔した。


(ついに落第宣告…!?)


そりゃあ料理は手抜きといかないまでも特段に力は入れてなかったけど!
仕事の合間についでみたいにやってたのが拙かったんですか!


(い、一応カロリーとかは気にしてたよ!?)


ちゃんと本を買って読みながら作ってたよ!
それも仕事の合間合間に、だったけど…


(こういうの…天罰って言うのかな)


彼氏である遼くんが柄にもなく料理をするとか言い出したり。
その上、喫茶店並のオシャレ料理が出てきたり。


「メールの返信すぐしろって言ってるだろ」

「…全てがすみません…」

「はあ?」


目の前には綺麗に盛り付けられた料理のお皿が並べられる。
惨めになるので詳しい描写は略でお願いします。


「アスパラとあさりの和風パスタ」

「うん、遼くんがそういう子だって私知ってたよ」

「さっきから何言ってんだ」


これを機に遼くんが主夫スキルに目覚めたりしたらどうしよう。
いや、既に目覚めてるのかも。


だって私より確実に料理初心者なのに、こんな凝ったの作れちゃってるもん。
昼に冷凍パスタ食べたけど、こっちの方が明らかに完成度が高い。


(私の料理なんて、冷凍食品と比べたら断然劣るレベルだよ…)


遅くて、完成度低くて、そんなに美味しくない。
負の三拍子が揃ってる。


「さっさと食えよ。冷めんだろ」

「…いただきます」


フォークとスプーンを使ってパスタを巻きつけていく。
使い慣れた食器のはずなのに、えらく使いにくく感じた。


「どうだよ」

「うん、美味しい…」


味付けとかが絶妙で、素材の味が活かされてるっていうか。
歴然とした力の差を感じるっていうか。


「…なに泣いてんだよ」

「遼くんの作ったパスタが美味しすぎて涙出た」

「んなワケねえだろ」

「そんなワケ、あるの」


ほぼ無意識に流れ出た涙をぐしぐしと乱暴に拭う。
情けなさを増大させるこの涙を早く止めたかった。


自業自得なんだけど、努力しなかったツケが回ってきただけ、なんだけど。


「遼くん…怒ってる…?」


私、この人に捨てられたくない。
今更そんなことに気が付いた自分が本当に情けない。


「別にメール返さなかったことなら…」

「そっちじゃなくて」

「他に何を怒んだよ」

「私の向上心の無さとか」

「何の話だよ」

「料理の話」


あんまり得意じゃないのに頑張らなかったこととか。
それでも何も言わない遼くんに甘えてたこととか。


続けたいけど詰まって言えない言葉の代わりに遼くんをじっと見つめる。
遼くんは溜息をついてフォークを置いた。




「お前の作る料理で不味いモンなんてねーよ」




静かな室内に響いたその言葉に、私の涙はぴたっと止まった。


「メンドくせえ勘違いしてんじゃねえよ」

「だって、私が料理頑張らないから今日作るって…」

「ちげーよ」


私の不安をきっぱりと否定された。
それが理解できた時、遅れて安心が込み上げてきた。


「仕事忙しいって言ってただろ」


遼くんが照れ臭そうに小さく呟く。
そう言えば、数日前に仕事の調子を訊ねられて私は確かにそう答えた。


そんな些細な会話を覚えててくれて、今日は私の為に料理を作ってくれた…?


安心の次は嬉しさが溢れて来た。
今日は自分でも情緒不安定かと思うほど感情の起伏が忙しい。


それが最終的には嬉しさで収まったんだから、今日の私は幸せだ。
遼くんの恋人でいられる私は、幸せだ。


「ありがと、大好き」

「そうかよ」

「私もっと料理頑張る」

「そうしろ」


さっきの照れ臭そうな可愛い遼くんは何処へやら。
泣いてた私がもう笑顔のように、遼くんも遼くんで切り替えが早い。


「これがホントの気まぐれパスタですか」

「殴るぞ」


遼くんが作ってくれた美味しい料理を食べながら会話を弾ませる。


恋人と同棲し始めて半月。
一人で不安になったり、二人だと嬉しくなったり、そんな毎日。




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