短編 | ナノ
思ったより君が好き
授業が早く終わったから。ちょっと歩きたい気分だったから。気が向いたから。
適当に理由付けをして見に行ったETUの練習。
そこには思ったより見学に来ている人が居て、
一生懸命に走り回っている恭平くんが居て、
それに黄色い歓声を上げる、可愛い女の子たちが多数居た。
*** *** ***
「はぁ…」
待ち合わせ場所で恭平くんを待つ。
どうして今日ここに来たのか自分でも分からないほど、最悪な気分だ。
こんな気分で恭平くんに会ってどうしようと言うのだろう。
昨日の光景がよみがえる。頭を振って散らす。
昨夜もずっとそんな感じだった。
行ったことに後悔しては、知れたことに満足もして。
恭平くんの人気にも納得して。
色んな感情がかわりばんこに押し寄せてくる。自分じゃ制御できない。
分かることは一つだけ。
全ての感情を否定した後に残るのは、たったひとつだけ。
恭平くんに会って話したい。
「理乃ちゃーん!」
大きく手を振りながら駆け寄ってくる恭平くん。
練習でも試合でも私生活でも、恭平くんは元気いっぱいだ。
「うん、おはよ」
「今日も暑いねー」
「…でも恭平くんは元気そうだね」
「FWだからね!」
いつもと同じ。
他愛の無い話も、本当にいつも通りだ。
その「いつも通り」の光景に安堵している自分が居る。
考えてみれば、私と恭平くんの間で変わったことなんて何もない。
やっぱり恭平くんと話せてよかった。
だって不安とかバカバカしいって気付いたから。
「あ、そう言えばさ」
「なに?」
「理乃ちゃん昨日、練習見に来てた?」
急に切り出された話題にドキッとする。
自分の中で勝手に終わらせようと思っていたのに。
「…どうして知ってるの?」
下手に誤魔化すとややこしくなる。
それに、そのこと自体は別にやましいことでもない。
「だって理乃ちゃんの姿が見えたから」
あっけらかんと答える恭平くん。
どうして分かったんだろう。一度も目なんて合わなかったのに。
「…たくさん人いたよ?」
恭平くんのファンみたいな、可愛い女の子だって、たくさん。
「他の人なんてカンケーないって!俺にとって理乃ちゃんは特別だからさ」
「…特別?」
「たった一人の大好きな女の子だから!」
だから、他の人とは違う?
たくさんの人の中から見つけてくれる?
他に可愛い女の子が居ても選んでくれる?
私にとっての恭平くんが、そうであるように。
私が、たくさんの選手の中でも、恭平くんを一番に探してしまうみたいに。
たくさんの選手の中でも、恭平くんしか目に入らないみたいに。
「見に来るなら言ってくれれば良かったのに」
「……気が向いただけだから…」
「メールとか送ってくれれば、帰りどこかに寄ったりさ」
「……休まなくて良いの?」
「理乃ちゃんと一緒に居ることが何よりの休養なんだって!」
ああもう。困ったな。
「理乃ちゃん?」
否が応でも気付いてしまう。
不安になったり、たった一言で嬉しくなったり。
この人の存在でこんなにも揺さぶられている。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
私は思ったよりこの人が好きみたいだ。