「鏡ちゃんってバス通学だったんだ」
「うん。その方が電車通学より歩く距離が短くて済むから」
「なんか鏡ちゃんらしい理由だね」

その言葉に少しムッとしたけど、今はそれよりも違和感の方が勝ってる。
だって夜のバス停で、いつも朝に会う人と何でもない会話をしているのだから。

思えばそんなことも話していなかったな、とか少し思うところがないワケでもない。

「朝とかってやっぱりバスも混んでるの?」
「混んでるよ。朝に移動する人は多いからね」
「へー」

沈黙の時間が続いてしまったらどうしようとか、考えてみたら話すことがないとか。
そんなことを不安に思ったものだけど、意外にも会話は途切れることなく続いている。

それは紛れもなく、この人がずっと会話を振ってくれてるおかげだ。

よく話題が尽きないなと感心する。クラスメートともこんなに会話が続くことはあまりない。

(…お互いのことをよく知らないとそんなもの?)

クラスメートとは毎日会いすぎていて会話のマンネリ化がひどい。
だからこそ、お互いの理解度が低い方が何でも話題に出来ていいのかもしれない。

目の前の相手と何でもない会話を続けながら、そんなことを考える。

「って、鏡ちゃん聞いてる?」
「…聞いてる」

この人は変なところで鋭いから困る。
とは言っても、私が上の空で違うことを考える理由までは気付かれなさそうだけど。

私服のこの人からなるべく視線を外していたい。

自分でもよく分からない理由。
言い訳も見つけられないくらいの恥ずかしさともどかしさで、私は視線も心も外し続けていた。


*** *** *** ***


どれくらい待ったかは分からないけど、私の体感時間では『やっと』バスが来た。
そのバスの存在感に幾らかの安心感を覚えながら乗り込む。

自分とあの人以外の存在が近くにある。そのことがどういうワケか安心に繋がる。
一人じゃないのに、この心許なさは何なんだろう。

それとも、隣にいるのがこの人だから、こんなにも落ち着かないんだろうか。

家からずっと引き摺っていたはずの重い心はいつの間にか浮ついている。
ただでさえも不可解な現象なのに、理由が分からないから余計に焦る。

「……ふぅ…」

とりあえず、気持ちを落ち着けたいという意味をこめてバスの座席に深めに座る。
こんな時間のバスはさすがに空いていて、どこにでも座れたので贅沢して二人がけの席。

それはスペースをゆったり使って座りたかったからであって、それ以外の理由は断じてない。
と言うより、ほぼ無意識の行動だったからそんなに考える余裕もなかった。


だからきっと、もちろん相手もそれは無意識の行動だったのだと思うけれど。


「よっと。さすがに空いてるねー」


夜風を遮ってくれる車体。急に狭くなった座席。ゆっくりと動き出したバスと同じ方向に傾く体を止める何か。
全てが隣のぬくもりを強調する。


「な、なんで隣に座るの!?」
「え」

思ったよりも大きな声が出た。
しんとした車内に響いたその声に、私の隣に座る人は分かりやすく驚いている。

「席なんていっぱい空いてるんだから、わざわざ隣に座らなくてもっ」
「……ゴメン…」

色々と居た堪れなくなった私は顔を背ける。
そんなことしても気まずさは増していくだけで、ついには恐れていた沈黙まで訪れてしまった。

(ここって私が謝るべき…なんだよね…)

思い返してみれば、さきほど会ってからずっと私は不機嫌だ。
この人にしてみたらまさに『最悪』の状況なんじゃないだろうか。

こんなの、厚意で付き合ってくれてる人に取る態度じゃない。
分かっているし、謝らなきゃとも思っているのに、隣に感じる体温が感覚を狂わせる。

(バスの座席ってどうしてこんなに狭いの…!)

気を抜いたら、今にもお互いの肌が触れてしまいそう。

絶対に緊張は緩められない。
出来る限り窓際に寄って、中身の少ないカバンを抱きかかえる。

バスが揺れないように必死に祈りながら。もう謝罪の仕方なんて考える余裕はなかった。


「鏡ちゃんの学校ってさ、女子校?」


意外なタイミングで気まずい沈黙が破られる。
その時には真っ白になっていた頭でも、その声色にさきほどの明るさがないことは分かった。

「そう…だけど…」
「そっか!」

そこで笑顔になんてなられるとますます展開が分からない。
でも、もしかしたらこの人を傷つけてしまったのかもしれないと、何となく思った。

タイミングを掴み損ねているのはお互いに同じかもしれない。

それだって元々は私が崩してしまったものなのだから、だったら私が埋めなきゃいけない。
この人に任せるのは筋違いだ。

「そ、その…っ!」

頭の中も感情も言葉も何一つ整っていないまま、勢いだけで喋りだす。
せめて声が震えないようにと、カバンを抱きかかえている両腕に力を込めた。

「私ずっと女子校育ちだったから男の人とこんな距離になったことなくて、だから…」

嘘ではないけど本当でもない理由。
勢い任せで出てきた言葉は、紛れもなく言い訳だった。

男の人と席が隣同士になる度にこんな大騒ぎをしていたら公共機関を利用できない。
それをどうか気付かれないように願いながら言葉を続ける。

苦し紛れの言い訳なんて、本題への導入に過ぎないのだから。


「大きな声とか出したりしてごめんなさい。その前からも、いろいろ…」


最初はすっと出たと思ったのに、最後の方はやっぱり恥ずかしくなって声も小さくなる。
未だに強く抱きしめているカバンに顔でも埋めてしまいたい気分だ。

だけど、そんなことをしたらカバンの中身がほとんど入っていないことがバレてしまう。
それだけは嫌だ。

こんな軽いカバンを強く抱きしめている理由を、今はまだ気付かれたくない。


アナタだから、こんなにもドキドキする
心の重苦しさは減っていくのに、心許なさは増していく。

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