気になる子がいる。
ほんのちょっとしたキッカケでその子と話すことも出来たし、名前も知れた。
だけど、俺は鏡ちゃんに名前を呼ばれたことがない。
メールアドレスだって教えてもらえてないから連絡手段は基本的にない。
朝の公園でしか鏡ちゃんとは会えないし、話せない。
これを寂しく思ってるのは俺だけなんだろうか。だとしたらもっと寂しい。
「でも、多分ミャクないよな…」
恋愛ほぼ初心者の俺でもそれは何となく分かる。
鏡ちゃんのどことなく冷めてる性格なんかを差し引いても、俺との温度差がすごいって。
それでも諦められないんだから、アタックするしかないんだけどな。
「明日にでもメアド聞いてみるか!」
腹筋に力を入れて、それまでゴロゴロしていたベッドから起き上がる。
時刻は夜の八時を少し過ぎたところ。
特にやることもないし、クールダウンの意味を込めて散歩にでも行こう。
*** *** *** ***
歩きすぎて着いてしまった駅前で意外な人影を見た。
それは今も俺の頭の中を占拠してる子で、明日の朝に会うと思ってた子。
大好きで、気になってしょうがないただ一人の女の子。
「鏡ちゃん!」
関係ない数人もこちらを見るが、その中にはちゃんと鏡ちゃんの視線もある。
それに安心しつつ駆け寄る。
「こんな夜中にどうしたの、しかも制服だし」
朝に会う時と変わらない格好だ。
だからこそ、夜の街の雰囲気に浮いてすぐ分かったというのもある。
しかし、夜の街に制服というのはかなり危険な香りがする。
「援助交際とか、そういうスキャンダラスな答えを聞きたそうだね」
「えっ…!」
色んな意味で固める俺を見て、鏡ちゃんは鬱陶しげにため息を吐いた。
「忘れ物を取りに学校に向かうところだよ」
朝よりも邪険に扱われてる気がして少し傷つくが、そんなことでいちいち挫けていられない。
「学校ってこんな遅くまで開いてるの?」
「まさか。もう用務員も帰ってるだろうから忍び込むしかないよ」
動揺を隠して会話を続けようとした俺に、本日二度目の衝撃が間を置かず来た。
そんなに良くない頭がオーバーヒートを起こしそうだ。
「えっと……青春?」
「違う」
ゴチャゴチャの頭から出た精一杯のユーモアは間髪入れずに否定された。
「でも、こんな時間に女の子が一人って危ないんじゃ…」
「だから急いでるの。呼び止められてなければ今頃はバスに乗ってた」
俺の心配を遮るように言われたその言葉にはさすがにグサッときた。
鏡ちゃんは今きっとすごく不機嫌だ。俺のことなんか構ってられないって感じだ。
(…だからって簡単に引き下がれるか!)
急いでるところを呼び止めて、どうでもいい会話させて、怒らせて。
それでもって困ってそうな鏡ちゃんをこのまま見送るなんて、したくない。
軽い別れの挨拶と共に俺の横を通り過ぎて行こうとする鏡ちゃんの手を掴んだ。
「お詫びに俺も一緒に行く!」
大した考えもなしに出た言葉。だから自然だった。
馬鹿な俺にはこれくらいがちょうどいいのかもしれないと思った。
(相手がどうとか考える前に、自分の意見を言った方が上手くいくのかも)
鏡ちゃんが相手の場合は特に。俺があれこれ考えるとその分だけ不自然になっていく。
もっと自然に話せたら、鏡ちゃんとの距離も縮まるかもしれない。
鏡ちゃんの可愛い笑顔を見たら、そんな淡い希望が生まれた。
「プロ選手って暇なの?」
「……暇じゃないけど今は暇」
相変わらずツッコミは厳しい。だけどその笑顔でダメージは半減だ。
更に、掴んだままの手にもう片方の手を添えられたりしたらダメージなんて皆無に近くて。
「じゃあ、お願いしようかな」
そうして夜の小さな冒険が始まる
鏡ちゃんにテンポを崩されながら、俺の中の予定は確実に狂っていく。
それが前倒しなのか先延ばしなのかは分からないけど、後退は多分してない。
この機会に絶対に先に進みたい。進展したい。
その想いだけを頭の中で繰り返しながら、鏡ちゃんと一緒に学校行きのバスを待った。