聞きそびれてることがある。

すぐそこまで出かかってるのに、いざ聞くとなるとぴたりと止まってしまう。
それは答えを聞きたくない俺の弱さであったり、ただ単にタイミングを逃しただけだったり。

原因は色々だが、言えなかった言葉はわだかまりとしてその日一日ずっと胸に残る。
俺はそのモヤモヤが嫌いだ。
何より俺らしくないし、上手に付き合えそうもないから打破することだけを考えた。

今日こそ鏡ちゃんに言う。

昨日の夜に何度もシュミレーションしたし、今日こそは絶対に言える。
あとはタイミングを見計らって言うだけなんだ。

言え、俺!


「鏡ちゃんって彼氏とかいるの?」


言えた!
ドモらなかったし声も裏返らなかった。自然にできたはずだ。

なのに、鏡ちゃんは不審そうな顔をする。

「どうしてそんなこと聞くの」

疑問形なのに語尾が下がる鏡ちゃん特有の言い回しで気付いた。
それを言うことだけに気をとられて、会話の流れとかを一切無視していたことに。

(やっべ、どう言い訳する!? つーか何話してたかもよく覚えてねえ!)

頭の中にも記憶の中にも挽回のチャンスというのは存在しない。となれば開き直るしかない。

「いや、だって気になるじゃん!」

勢いでごまかせる相手じゃない。鏡ちゃんは呆れ気味に俺を見る。
いろんなことが気まずくて逃げるように視線を逸らすと、お馴染みのため息が聞こえた。


「いないよ。そういう貴方はどうなの?」


ため息のついでみたいに呟かれたその言葉は俺が欲しかったものだった。
悩んでいた時間もその一言で報われる。

「俺もいない!」
「それって元気に言うことなの…」

逸らしていた視線を鏡ちゃんの方に戻すとばちっと目が合った。
取りあえず笑っとくと、今度は何故か鏡ちゃんに逸らされた。

(そうだ、今度は名前で呼んでほしいかも。実は一回も呼ばれたことないし)

散々悩んだ疑問がやっと解決したと思ったらまた次の希望が出てくる。
鏡ちゃんとのこんな関係性を俺は気に入っている。


「プロの選手ってモテるんだと思ってた」


幸せの絶頂の俺を現実に引き戻す一言がきた。
そう、この落差が鏡ちゃんと一緒にいることの醍醐味だ。

「…モテる人はモテてる…よ」

王子とか、と心の中で付け足す。だって実際に言葉にしたらもっと惨めになる。
これ以上キズを抉られたくない俺の心情とは裏腹にその話題は続いていく。

「合コンとかは?」
「…俺、夜十時には眠くなるから…」
「学生時代は?」
「…男子校で出会いなし」

詰まりながらもその質問に答えていくと鏡ちゃんが笑い出した。
そんなことは初めてだったからびっくりした。
堪えた笑い声が少しの涙に変換されるくらい鏡ちゃんは笑っている。

「女運なさすぎて、笑える」

合間合間に紡がれる言葉はひとつの文章になると攻撃性を持ち、俺の胸に突き刺さった。
そして傷口から次第に悔しさと情けなさが溢れ出す。

(そりゃあ人生に三回はあるっていうモテ期は未だに来てないけど…!)

何がいけないのか考えたこともあったけど、最近はすっかりそんなことも忘れてた。

最近は女の子のことって言えば鏡ちゃんのことだった。
年の差とかで色々とヤバイ事実のような気もするけど、変えようもないから仕方ない。

本当はもう、鏡ちゃんに対する感情の名前は分かりかけているんだ。

「…鏡ちゃんから見て俺ってどう見える?」

やっと笑いがおさまった様子の鏡ちゃんに聞いてみる。

「うーん…」

鏡ちゃんは俺を見て少し考えているようだった。
こうやって、無愛想に見えてちゃんと俺の話を聞いてくれるところとか。

「なんか余裕なさそう」
「何の余裕?」
「自分のことばっかりで、女の子に構う余裕がなさそう」

ものすごく的確に見抜かれてる上に、それをオブラートに包む気もない返答がひどい。
だけど、可愛げはなくてもちゃんと考えて答えてくれるところとか。

「鏡ちゃんはそういう男どう思う?」
「一般受けはしないよね」
「そうじゃなくて鏡ちゃんの意見!」

俺が強気に距離を詰めると頬を赤くして斜め下を向くクセとか、そういうの全部。

「…知らない!」
「え、あ…ちょっと!?」

少し強気にいき過ぎたみたいで、鏡ちゃんは俺の横を通り過ぎて行ってしまう。
それを呼び止めようとした声を後ろからの強風が攫った。

風を感じるのと同時に視線が目の前のスカートにいってしまうのは男の本能だ。
鏡ちゃんはとっさに鞄で隠すというファインセーブをしておきながら赤い顔で振り返る。
至福の一瞬を逃した行き場のない視線はさまよって、結局は鏡ちゃんと合う。

咎めるような視線も真っ赤な顔じゃ威力が半減だ。
本人に言ったら更に機嫌を損ないかねないので心の中で思っとく。

でも、鏡ちゃんに対する気持ちはそんな言葉じゃ塗り潰せないくらい大きくなってて。

「…そういうところは余裕を持った方がいい」

その可愛すぎる忠告に、ついに止められなくなってしまったんだ。


俺は君が好きなんだ
他の男になんか見せたくない。そんな可愛い表情は全部、俺にだけ見せてほしい。

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