ずっと気になっていた子と話すことが出来た。そして今日も話しかける口実がある。

「昨日は助かったよ!ありがと!」

本越しに俺をぶすっと見る視線とぶつかる。
自販機で買ったばかりのペットボトルを差し出すと、数秒の沈黙の後に受け取ってくれた。

「別に良かったのに…」

今日は昨日と違って笑顔を見せてくれない。
どこか邪険にされてるような雰囲気すら感じるが、気にしたら負けだ。

「あ、あのさ!」
「はい?」
「名前…聞いてもいいかな?」

それまで少し感じる程度だった彼女からの疑惑の念がついに目に見える形になる。
元々の非友好ムードが、完全に不審者に向けられるそれになった。

「名前なんて聞いてどうするの?」

もしかしたらナンパと勘違いされたのかもしれない。
思い返したら否定はできない。だけどナンパじゃない。純粋に気になるだけなんだ。

「知り合いの名前くらい知りたいの当然っしょ!」

一から説明するとまた胡散臭くなりそうだからもう開き直った。

「いつから私とあなたが知り合いになったの」
「昨日!」
「…………」

恥ずかしいキッカケだったけどやっと話せるようになったんだ。
できればもっと話したいし仲良くなりたい。その為にはまず名前から。人付き合いの基本だ。

「碧葉 鏡、だよ」

溜息交じりの響きは俺の中で妙に余韻を持った。
彼女とのコミュニケーションが成功した喜びを感じながら、その名前を頭の中で数回繰り返す。

「それじゃ何て呼べばいい?」

そう聞くと今度こそあからさまに嫌そうな顔をされた。

「呼ぶ必要ないよね?」
「あるよ!毎朝会うんだから!」
「会うけど話す必要はないよね?」
「そんな冷たいこと言わないでよ!?」
「冷たくはないと思うけど…」

俺とは反対に、速く話しを打ち切りろうとする彼女を必死に繋ぎ止める。
彼女は今日二回目の溜息をついた。

「別に好きなように呼んでくれて構わないよ」

俺に根負けしたかのような投げやりな台詞。
その諦めは言動だけじゃなく行動にも表れて、彼女は本に視線を戻した。

まあいい。今日は名前まで聞けたんだ。話せもしなかった数日前から見たら大きな進歩だ。

「じゃあ鏡ちゃんって呼ぶ!」

苗字で呼ぶのは違和感があるし、いきなり呼び捨ても気が引ける。
俺なりに最良の答えを導き出したはずなんだけど、彼女はやっぱり溜息をついた。

「なんかダメだった?」
「別に」

鏡ちゃんは短く答えて本のページを捲る。
まるで目の前にいる俺の存在を無視されてるみたいで、この温度差が寂しい。

ん? 温度差?

「そうだ!すっかり忘れてたけど俺の名前は…」
「知ってるよ」

慌てて名乗ろうとしたところを遮られる。鏡ちゃんはパタンと本を閉じて俺を見た。

「ETUのFWの人でしょ、お兄さん」

本当に知ってた。
興味なさそうな素振りをとられ続けていたからだろうか、ものすごく驚く。

「シュート決めないFWの人」

余計というかトドメの一言を付け足される。間違いなくこの子は俺を知っている。

安堵だか無力感だかよく分からない感情で力が抜けてがっくりと肩を落してしまう。
鏡ちゃんはというと、そんな俺の様子を見て楽しそうに笑ってる。

こんなキャラだったのか。

大人びてるんだけど子どもっぽい。意地悪なんだけど優しい。
昨日今日と話して分かったのはそんなこと。

それともう一つ分かったことは、そんな彼女ともっと話したいと思う自分がいること。


やっぱり「気になる」子だと思った
教えてもらった名前が特別な響きになっていく。

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