気になる子がいる。
恋愛感情とかじゃなくて、ただ純粋に気になる子。
体力作りに走り込みに行く公園で毎朝見かける。
その子はいつも同じベンチに座って文庫本を読んでいる。
話したことは無い。目が合ったことすらも。それでも。
俺は彼女の存在に初めて気付いた時からずっと彼女を気にしている。
それは彼女が美少女だからとか、あの有名お嬢様学校の制服を着てるからとかじゃなくて。
ただ純粋に「気になる」んだよなぁ。
どんな子なんだろう。どんな風に話すんだろう。サッカーは好きだろうか。
どんな風に笑うんだろう。
(かなり可愛い子だけど、笑ったらもっと可愛いだろうな)
俺は彼女が座っているベンチの近くにある自販機でスポーツドリンクを買って飲む。
彼女と一番距離が近くなる瞬間だ。
「今日も良い天気だね」「いつも何の本読んでるの?」「名前おしえてくれない?」
どれもダメだ。ナンパっぽい。もしくは不審者。
話しかけないと何も始まらないんだけど、如何せんきっかけがない。
心の中で溜息をついてポケットに手を突っ込む。
ここの自販機は良心的な価格設定で、130円だ。
「……ん、あれ?」
もう一度ポケットに深く手を突っ込む。
だけど、いつまで経っても硬貨のあの固い感触に辿り着かない。
(もしかして金忘れた…!?)
やばい。これはヤバイ。
まだ夏じゃないけど、走った後に水分補給できないのはマズイ。
ポケットの布地を引っ張り出してみる。やっぱり無い。
「…お金ないの?」
声がした方を振り返ると、ベンチに座ったままの彼女と目が合った。
「お金。持ってないの?」
「あ、えーっと…家に置いてきちゃったみたいで……あはは」
笑ってごまかしてみる。
話したいとは思ってたけど、こんな状況じゃ恥ずかしさの方が上だ。
彼女は困ったように笑うと鞄を持ってオレの方へ来た。
「どーぞ。冷えてないけど」
そう言って差し出されたのは、オレが毎朝飲んでるスポーツドリンクだった。
「これって…」
「まだ開けてないから、よかったらどーぞ?」
腹に押し付けられたソレは確かにそんなに冷えてはない。
それでも何となく受け取ってしまうと、彼女は安心したように離れた。
「毎朝お疲れ様、お兄さん」
彼女は笑ったらもっと可愛い。オレの予想は当たっていた。
二人の出会いは130円也
初めて君の声を聞けた日。音のない朝が変わっていく。