年下でサッカー選手の可愛い恋人ができた。
特に問題もなく、順調にお付き合いできてると思う。

ただいくつか気になることがあるとすれば、私に対して構えすぎているところ。

「……よし」

ケータイを取り出してメールを作成する。
送り先は彼氏である椿くん。特に用事も無いから『元気?』とだけ打った。

きちんと送信できたことを確認し、待受に戻った画面をしばらく見つめる。
一分と経たない内に画面はメール受信を知らせるものに切り替わった。

メールの送り主はもちろん椿くん。

ドキドキというよりハラハラしながらメールを開く。
そしてたった一行の文面を見た瞬間、諦めに似た何かが私の中を支配した。


『ごんきです』


……ごんきって何だろう。
いや、「げんき」と打とうとして勢い余ったんだろうなってことは分かるんだけど。

どうして間違えたまま送りつけてくるんだろう。


恋人からのメールに頻繁に混ざるこの妙な誤字に結構困っていたりする。

指摘すればいいのかスルーすればいいのか、かなり反応に困る。
会話を膨らます気がまるでないとか、そこら辺は今はどうでもいい。

(メールでコミュニケーションを取ろうとするからいけないのかな。やっぱ電話の方がいい?)

だけど電話は私が緊張してしまったりする。
だからついついメールという便利な手段に頼ってしまうのだけれど。

(私が勇気出すべきなのかなあ……年上だし)

いつもそう思いつつも、用がある時はなんとなくメールを使ってしまう。
ダメ大人だな、私。


それからも椿くんの誤字は続いた。


『特急めざして頑張ってください』ってメールが来た時は本当にどうしようかと思った。
人間をやめて電車になれと言われたのかと、深読みをしてしまった。


こんな下らない事でこんなに悩むくらいならメールで連絡するのをやめればいいのに。
電話で連絡すればいいだけなのに、その勇気はどうしても出なかった。


そうして行き詰ってる時に、ついに事件が起きる。
椿くんと久しぶりにデートの約束をして、その計画についてメールで話していた時だった。


『確認なんですけど、明日ってアンダルシアで待ち合わせですよね?』


アンダルシア=スペインの南部地方


私も誤字には大分慣れてきたと思ってたけどこれは想定外だった。
胸の奥から湧き上がる何かを堪えて私はメール作成画面を開く。

『アンダルシアってどこ?』

その一言だけを打って送信する。彼からの返信は一分もしない内に来た。
椿くんがいつも何をしているのかは知らないけど、メールの返信はものすごく速い。

今更ながらもその速さに感心しながらメールを開く。期待などしていない。

『パン屋です、いつもの』

予想通りのことが書いてあるから、逆に湧き上がる何かが抑えられない。

彼がアンダルシアと呼ぶ場所には心当たりがあった。
その店の前で何度か彼と待ち合わせをしたこともある。

それを覚えていてくれて「いつもの」と言ってくれるのはとても嬉しい。


だけどね、だからこそ。


私は勢いに任せて彼に電話をかけた。
メールと同じで椿くんはすぐに電話に出る。慌てたような彼の声が聞こえたけど無視。

深く息を吸い込み、ケータイ越しの叫びと共に吐き出す。


「アンダルシアってどこだーーーっ!!!」


何度か待ち合わせをしただけの場所。
でも私にとっては思い出の場所だから名前くらいはきちんと覚えておいてほしい。

『え、ええ、えっと、その…』
「アンダルシアってスペインでしょ!パスポート持って空港に行けって言うの!?」
『ええ!? ち、違います…オレは…』

椿くんがゴニョゴニョ何かを言っている。だけどノイズがひどくて聞き取れない。
それがもどかしく感じるけど、都合が良いとも捉えてしまって止まらない。

「パン屋さんはアンデルセンだよ!間違えないで!」
『ス、スイマセン!』

ただの私のワガママなのに椿くんは謝る。そんな言葉だけハッキリ喋る彼がまたもどかしい。


「大体いつも誤字とか多すぎ!遅くなってもいいからちゃんと確認して送ってよ!」


言った。言ってしまった。
辛うじて保ってきた最後の一線を越えてしまった。勢いに任せて。

そこで私はようやく理性を取り戻して止まる。
そしてケータイの向こうの椿くんも黙ってしまっていた。


『スイマセン、俺いつも緊張しちゃって…』


彼の頭に生えた犬耳が垂れるのが見えるような、元気のない声だった。
映像は幻覚なのだけれども、それくらいしょげているようだった。


『穂乃香さんからメール来ると舞い上がっちゃって、速く返さないと嫌われるかもって焦って…』


椿くんがぽつりぽつりと語りだした内容は、罪悪感が増すような、少しほっとするような、そんな不思議なものだった。

だけど、取りあえずは納得した。


私は電話が苦手だった。しかし彼はメールが苦手なようだった。

勢い任せとは言え、私も今は普通に電話をできている。
椿くんはメールだと慌てるとかで誤字脱字がひどいけど、電話での言い間違いはないみたいだった。

こうなったら、私が取るべき行動は一つしかない。

「…椿くん」
『は、はいっ』

弱さは捨てよう。彼に負担を押し付けるのはやめよう。

「今度から連絡は電話でする。だけど不在着信が入ってても慌ててかけ直さなくていいから」
『っ、はい!』

今日みたいに言いすぎてしまったら謝ろう、謝ればいい。
この優しい恋人は怯えながらも慌てながらもきっと許してくれるだろうから。

「ごめんね、椿くん」
『お、俺の方こそスイマセンでした!』

今は大きな声で言ってくれるは謝罪だけだけれど。
この年下の彼氏がいつか、他の言葉もハッキリ言ってくれることを願って。



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始まりと着地点が全然ちがーう。気長にリハビリ中です。
そしてネタはなんと実話から。椿くんは慌てすぎて誤字脱字ばっかりしてそうなイメージ(笑)


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