おやつにホットケーキが出てきた。
なのに、美味しそうに焼けているそれとは反対に、作った本人は浮かない顔だ。
「世良さん、私は思うんです」
どうしたのか聞こうと口を開きかけたところで彼女の方から沈黙が破られる。
だけど、いい色のホットケーキに手を付けるタイミングはまだ来ない。
「…何を?」
嫌な予感を感じながらも聞き返す。
それは目の前のホットケーキがこのまま冷めていくような、そんな予感だ。
「私の魔法をはるかにしのぐ摩訶不思議な力が、この世界には溢れていると!」
結果として予感は的中。そしてこの話題はとっても長くなりそうだ。
俺の勘がそう告げているが、彼女の疑問を無碍にするわけにはいかない。
だから俺は、ホットケーキが刻々と温度を失うのを感じつつも、やっぱりまた聞き返す。
「例えば?」
「たとえばこれです!」
間を空けず答えを返してくる彼女は、一つの箱をどこからか取り出した。
「それってホットケーキミックスのだよね?」
「はい、そうです」
これがどんな摩訶不思議に繋がるんだろうと考えていると、彼女は深く息を吐く。
「クッキーも粉でした。ホットケーキも粉、カレーも粉…」
そこで一旦言葉を区切ると、彼女はまた大きく息を吸い込んだ。
「この世界は一体どこまでが粉でどこまでが粉じゃないのでしょうか!?」
完全に錯乱している。
どうしてそんな小さな共通点から世界云々まで話が飛んでしまうんだろう。
言われてみたら確かに不思議だけど、別にそれなら君の魔法の方が不思議だって。
俺はそう思ってしまうくらいの小さな不思議だ。
それを伝えようか迷っていると、彼女は何かに気付いたように顔を上げる。
「世良さんも世良さんの粉で出来ている、とかじゃないですよね?」
この子は何を言い出すんだろう。そう思う俺は冷静でいるつもりなのに。
「大丈夫、人を作るような粉はない……と思う」
出た言葉は弱気だった。
SFチックで有り得ない話なのに、そんなに真剣に言われるとこっちも少し揺らいでくる。
(ダメだ!しっかりしろ俺!)
この世界の普通ってヤツを、俺はこの子に教えてあげないといけない。
こんなとんでもない勘違いを解いてあげないといけない。
「それにほら、粉だけで出来てるわけでもないでしょ?」
「……?」
「クッキーとかホットケーキはさ、粉の他に卵やら牛乳やらも混ぜたでしょ?」
そこに話題が飛び火したらどうしようと、内心ハラハラしながら彼女の顔色を伺う。
「言われてみれば確かにそうです…」
見事に騙されてくれた。
それに少しの罪悪感を覚えつつも、やっぱり安心してしまった俺の罪は大きいと思う。
教えてあげたいという気持ちがあっても、知識がなければ叶わないこともある。
そこは大いに反省。
だけど、今はせめて俺が教えてあげられることを教えてあげたい。
「俺にはどうして色んな粉が色んな食べ物になるのか説明はしてあげられないけど」
すっかり冷めてしまってバターが溶けにくいホットケーキを切り分けて、ようやっと口に運ぶ。
彼女は続く俺の言葉を待つように、まだ自分の分に手を付けようとしない。
そんな可愛さも相俟って、俺は自然に笑顔になれた。
「このホットケーキがすごく美味しいってことは俺にも分かるよ」
俺の言葉で彼女も笑顔になってくれる。
そこからまた話しを膨らませながら、冷めても美味しいホットケーキも味わった。
------------
粉からカレーを作るなんて本格派ですね。そんな私はもちろんルー派!
ところでスポーツ選手はホットケーキとか食べるんでしょうか。