自己紹介をしてこんなに怪訝な顔をされたのは初めてだ。
そう言いたくなるくらい、目の前の女は変な顔をしてブツブツと何かを呟いている。
あまりに意味不明で不快なので嫌味の一つでも言おうと決めると、その前に女がこちらを見る。
「ETUって、ユニフォームが赤と黒の、あのチームですよね」
「はあ?」
ETUの赤崎だとは言ったが、どうしてそこからユニフォームの話になるんだ。
純粋な疑問を間髪入れずにぶつけると、女は体を大きく震わせた。
「違ってましたか、すみません!」
「別に合ってますけど。何なんですか」
そう言うが、目の前の不審人物にはもはや聞こえていないようだった。
「赤と黒のユニフォームの、ETUの山崎さん…って覚えておこう」
不穏な呟きが聞こえた。
その意味不明な言葉の意味は、次にコイツと会った時に分かった。
「あ、え、えーっと…」
ソイツは初めて自己紹介をした後のあの日と、まったく同じ顔で俺を見る。
「ETUの…赤、赤、…赤……」
終わりに近づくほど言葉に勢いがなくなる。
うすうすと勘付いていたことがその様子で確信に変わっていく。
「…赤は覚えてるのに……後ろの一文字を重点的に覚えておくべきだった…」
涙が滲んだような声で呟かれたその一言で、コイツに関する全ての謎が解けた。
コイツはおそらく、人の名前を覚えることが極端に苦手な性質だ。
そしてそれはいくら努力をしても直らないようで本人もしょげてきている、と。
俺は目の前で縮こまっていくソイツを見る。
もう一回名乗ってやるような気にはならなかった。別に怒りからではない。
コイツが、異様に俺の加虐心を煽るヤツだったからだ。
「それで?」
涙で潤むその瞳は、今にもこぼれそうな不安でいっぱいだった。
「俺の名前は?」
わざと意地の悪い言い回しを選んで続きを促す。
女は観念したように大きく息を吐き、覚悟を決めたような顔で言った。
「赤坂さん、でしたか?」
「ちげーよ」
この奇妙な女が気になってお互いのメールアドレスを交換したのは、すぐ後のこと。
苗字を間違えられるのが不快で、下の名前で呼ばせるようになるのがこの一ヵ月後。
俺の名前をフルネームで正しく覚えたのはその一ヵ月後。
俺とソイツが恋人になったのは、俺の名前を間違えないで呼べた、そのすぐ後。
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むりやりまとめてすみません。短編あたりでやれば良かったかな。
ところで人の名前と顔を覚えるのがすごく苦手です。どなたかコツを教えて下さい(涙)