この世界にもかなり慣れてきたつもりだったんです。


「宅急便です。世良さんにお届け物です」
「はーい」

インターホンで相手を確認してからドアを開ける。宅急便には必須の判子もバッチリです。
配達員さんに挨拶をして判子を所定の位置に押します。あとは労いの言葉も忘れずに。

「これ代引きなんで今払ってもらってもいいですか?」

もう終わりだと思っていたいつものやり取りに聞き慣れない単語をはさまれました。

「代引き?」
「この荷物の送料と手数料込みの料金を引き取り時に払ってもらうシステムです」

そんなシステムがあったなんて初耳です。まだまだ勉強不足でいけません。

「分かりました。おいくらでしょうか?」
「えっと…一万二千円ですね」
「ええ!?」

一万二千円といえば福沢諭吉さんが一人に野口英世さんが二人の大出費です。
私にとっては大金です。配達員の方に妙な顔をされても、私にとっては大金なのです。

「あの、中身って何でしょうか?」
「中身は…カニみたいですね」
「カニ?」

前に一回だけ食べさせてもらったことがあります。とても高級で美味な海の幸でした。
それならば一万二千円の出費にも納得です。世良さんが頼んだのでしょうか?

「今ご都合がつかないようでしたらまた後日伺いますが」
「あ、いえ!大丈夫です!」

生ものは鮮度が命ですよね。大丈夫です、勉強しました。
ここでお金を払ってしまうと今日の夕飯の買い物が出来ないけれど、カニがあるなら。

そんな風に思って、世良さんに頂いた生活費を渡してしまったのです。

包みを開けてみると小さなカニが入っていました。
値段の割に質量が少ないように思いましたが、高級食材はそんなものかと思ったんです。


「カニ? 頼んでないよ?」


帰ってきた世良さんのその一言に愕然としました。
私でなく世良さんでないのなら、カニの送り主は一体誰なのでしょう。

「そういや少し前にそんな詐欺があるって聞いたことある気が…」
「詐欺?」
「色んな手口で人を騙してお金を掠め取るヤツが世の中にはいるの」
「私、騙されたんですか…?」

無知ゆえに見ず知らずの他人に騙されてしまったようです。
この世界にも慣れてきたと思っていた自分が恥ずかしいです。全然勉強不足です。

「悪いのは騙すヤツなんだからそんなに落ち込まないで!」
「で、でも…」
「とにかく大丈夫だからさ、一緒に食べよ?」

世良さんはこんな私にも優しいです。
ですがその優しさがまた傷口に塩を塗りこまれるといいますか、とにかく贅沢な悩みです。

「このカニっていくらだったの?」
「……千円くらい…」
「別にウソつかなくてもいいから。怒んないから」

世良さんには私のつくウソもすぐに見破られてしまいます。
私と違って世良さんは魔法を使えないはずなのにおかしいです。

だけどそんなことを言ったら魔法を使えるくせに詐欺に引っ掛かる私の方がおかしいです。

「一万円くらいでした…」

無駄な抵抗を止めて白状すると世良さんは怒りはしなかったけど、やはり驚いていました。
数時間前の自分を思い出してまた悲しくなりました。

「じゃあ、はい」

私の手元から離れていったはずの福沢諭吉さんが目の前にいます。
どうやら世良さんが自分のお財布から出してくれたようです。

「あの…?」
「お金足りなくなっちゃったでしょ。だから」

世良さんはやっぱり優しいです。
ですが私のちっぽけなプライドがこれ以上甘えることを許しません。

「私の過失なのでいいです」

世良さんが怒ってくれないのなら自分で反省するしかありません。
この虚しさを戒めにして、明日からはもっとこの世界の勉強に励みたいです。

「俺も気をつけてって言うの忘れちゃってたし。おあいこでしょ」

こんなヘマをした私にも世良さんはいつも通り笑いかけてくれます。
それが嬉しくもあり情けなくもあります。

要するに、世良さんは私には勿体無さすぎる素敵な人なんです。

向上心を掻き立てられながらもそれを削がれてしまうという不思議な現象が起こるんです。
世良さんの言葉には私を強くもするし弱くもする不思議な力があります。

「今度からは二人で気をつけようね」
「はい…!」

贅沢な悩みと少しばかり豪華な夕飯はちょうど釣り合います。
優しい世良さんと一緒だから、送り主不明のカニも美味しく感じられるんです。


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君達それ食うんかい!って感じですよね。
小ネタなのに長くてすみません。一度こういう実況風の文章を書いてみたかったので満足です。

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