「あ、ヤベ…」
ロッカー室で赤崎が小さく呟いた。
他の皆は気付かなかったみたいだけど、俺は距離が近かったこともあって気付いた。
「どうした?」
「清水戦の録画予約忘れてきちまった」
家に帰ってから研究でもするんだろうか。
そう言えば赤崎って勝ちたがりだしなーと勝手に納得。
赤崎は鞄から携帯を取り出す。
メールでも打つのかと思ったらなんと電話をかけだす。
赤崎は携帯をあまり弄らない方なので、ロッカー室の皆が異変に気付いて静かになる。
『もしもしー?』
静まり返った部屋に響いたのは意外にも女の子の声だった。
「……お前かよ」
赤崎が心底疲れたようにその言葉を吐き出す。何かダメだったんだろうか。
『残念ながらあなたの妹ですよ。母さんは外出中で家には私だけ』
「そうかよ。清水戦の録画しとけ」
いきなり命令かよ!?
赤崎の妹(名前は知らない)は不満なのか押し黙る。
かと言って赤崎もここで折れるようなヤツじゃない。
「おい、聞いてんのか」
『聞いてるよ』
「やっとけよ」
『うん』
赤崎の妹(なんで赤崎は名前呼ばないんだろ)は意外にも素直に了承した。
と思ったが、そんな思考も次の言葉にぶち壊されることになる。
『お兄ちゃん』
「なんだよ」
『この貸しは高くつくよ?』
その会話を静かに聞いていたロッカー室の一同が「はい?」という顔をした。
「…録画ごときでアホ言ってんじゃねーよ」
もっともなツッコミ。
『ごとき…なんて言うなら、帰って来て自分ですれば良いよね?』
もっともな理屈。
「ふざけんな!!」
赤崎が携帯を握り潰しそうな勢いで怒鳴る。
「あ、赤崎、落ち着けって…!」
隣に居た俺が慌てて止める。
電話から本当に楽しそうな笑い声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「この借りはデケーぞ」
『この貸しは大きいからね、お兄ちゃん♪』
その言葉を最後に、赤崎は乱暴に電話を切った。
何だろうコレは。
どう見ても兄が妹に録画を頼む会話じゃないだろ。
どこかの高利貸しとチンピラの会話だろ。「試合頑張って」の一言も無かったぞ。
何故かロッカー室の全員が震え上がっていた。椿のヤツは特に。かく言う俺も青ざめていた。
「……今日は絶対勝ちますよ」
いつも以上に気持ちがこもった赤崎の言葉に全員が頷いた。
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ちょうど一年前くらいに書いた話だったと思います。
ナチュラルに赤崎くんが実家暮らしという設定になってますが気にしたら負けです。