好きって3回唱えたら。 | ナノ
好きって3回唱えたら。
「ドキドキしたな…」
冷たい夜風に当たりながら頭を冷やす。
ううん、頭はさっきから冷静。
熱が治まらないのは頭じゃなくて顔だ。
「好きって言われた…」
すごく真剣な表情で言われたから勘違いしそうになった。
…本当は勘違いしたかった。
世良さんに好きって言われた瞬間、この気持ちの名前が分かった気がした。
私はきっと世良さんのことが好きだったんだ。
だから、世良さんも私と同じ気持ちだって、都合のいい解釈をしそうになった。
一週間しかいられない異世界で。
初めての気持ちをたくさん感じたここで、初めて人を好きになるなんて。
「もう…会えないのに…」
不毛すぎるこの気持ちはとても伝えられない。
異世界での恋愛なんて建設的じゃないし、何より世良さんの迷惑になる。
今にも溢れ出しそうになる想いを押し込めて、空を飛ぶスピードを少し上げた。
*** *** ***
ケータイの味気ないアラームで目が覚める。
「朝、か…」
震えるケータイに怯える魔法少女はもう居ない。
なのに、次の日も朝も、いつも通りにやって来るんだ。
「聞いたぞお前!可愛い女の子とデートしてたんだって?」
「何で丹波さんが知ってるんスか」
「そりゃお前、目撃者の堺から洩れたんだよ!」
丹波さんが指差す先に堺さんがいる。
少し遠くで腕組みをする堺さんはどこか居心地が悪そうだった。
「その内ちゃんと紹介しろよー」
丹波さんに頭を小突かれる。
そんないつものやり取りも上滑りする。
「…多分無理ッス」
「何だよ、独占欲かー?」
俺は丹波さんの言葉に苦笑するしかなかった。
独占したい彼女はもうこの世界にいない。
独占欲なんて出しようがないんだ。
願い事を使い切った今となっては、彼女との連絡手段さえない。
メールとか飛行機とか電話とか。
この世界の通信手段はこんなに発達しているのに。
どうして夕月ちゃんには会えないんだろう。
*** *** ***
練習が終われば、俺の一日はほとんど終わったようなもんだ。
何となく寄り道とかして家に帰る。
テレビを垂れ流すようにかけて、特に内容のない雑誌を読む。
そうして時間を潰して、腹が減ったら買ってきた惣菜を食べる。
一週間前まではこんな生活が当たり前だったのに。
何で今はこんなに空虚に感じるんだろう。
「元に戻っただけとか…思えねえよ…」
それだけ楽しい一週間だったんだ。
夕月ちゃんの存在は、それくらい何もかも変えてしまったんだ。
「スゴイこと起きろって叫んだら来たんだよな」
派手な格好をした魔法少女が、家の窓を破壊してやって来た。
綺麗に直されたその窓を開けて夜空を眺める。
今日も星がよく見えた。
夕月ちゃんと何度か一緒に見上げた星空も、今は俺だけが見ている。
星座の知識なんてない。
それでも、ただ何となく見るだけで楽しかった。
星だけじゃない。
夕月ちゃんが隣に居てくれるだけで、何でも楽しかったんだ。
あの幸せがいつまでも続けば良い。
それが俺の本当の願いで、一番の願い事だ。
実際に夕月ちゃんに叶えて貰ったどの願い事よりも自分勝手だ。
「一緒に居てくれ…なんて言えねーよな」
「それが願い事ですか?」
俺のどうしようもない本音を聞いていたのは流れ星じゃない。
それは、俺が誰よりも会いたいと願っていた女の子。
俺の願いを叶えてくれる唯一の存在。
「夕月ちゃん…?」
「昨日の今日で失礼します」
俺の頭上で申し訳なさそうに笑う夕月ちゃん。
昨日も同じ笑顔を見ているはずなのに、とても懐かしく感じた。
「い、一体どうしたの?」
「それがですね、世良さんには謝らないといけないんですけど…」
夕月ちゃんが控え目にひとつ咳払いをする。
そして大きく息を吸って、吐き出すと同時に声を発した。
「もう一つ願い事して下さい」
これは俺が見ている夢なんじゃないだろうか。
だって都合が良すぎる。
「最初の願い事が管理局の人に怒られてしまいまして」
「…最初の?」
夕月ちゃんは今まさに俺がいる窓を指差す。
さっきは感慨に浸っていた、夕月ちゃんに破壊されて直された窓だ。
「自分の壊した窓を直させて願い事とするとは何事だーって…」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「恥ずかしすぎるからもう帰って来るなって言われちゃいました」
冗談なんだろうけど、満更でもなさそうな様子に期待する。
なあ、もしかしてだけど。
もう一回チャンスを貰えたって解釈で良いのか?
「ちゃんと叶えますから、どんな願い事でもして下さい」
その夕月ちゃんの台詞に後押しされる。
俺の本音はさっき聞かれてるんだ。
二回目はそう難しくない。
「夕月ちゃんが飽きるまででいいから、俺と一緒に居て」
その言葉はすんなりと出てきた。
悩んでた数日がバカらしく感じるくらい自然に出てきた、俺の本音だった。
「じゃあ、ずっとですね」
予め決められていたかのように、間を置かずにそんな言葉が返ってくる。
夕月ちゃんは笑顔だ。
昨日の別れ際とは違って、まるで俺の気持ちに応えているような笑顔だ。
勘違いでもいい。
俺は夕月ちゃんの腕を引っ張って抱きしめた。
「世良さ…」
「好きだ」
「え?」
「俺、夕月ちゃんが好きだ」
昨日と同じ言葉でもう一度想いを告げる。
一度は手放したけど、今度はもう絶対に離さない。
夕月ちゃんを繋ぎ止めておけるのは、自分自身の言葉でだけなんだ。
笑われたって断られたって何度でも言う。
強まるばかりのこの想いを、何度だって形にする。
いつしか、君がそれを望んでくれるようになるように。
「私も世良さんが大好きです」
「うん」
「もう一度会えて本当に嬉しかったです」
「俺も」
「今、とっても幸せです」
「…俺もだよ」
この世界が好きで、サッカーが好きで、君が好きだ。
好きって3回唱えたら、世界は確かに変わったんだ。
Fin.