好きって3回唱えたら。 | ナノ
第7日


一日中歩き回ったせいか足が重い。


いつかと同じように、星の川を辿りながら家へと歩く。
ただ、その足取りは前と違ってかなり重い。


疲れだけのせいじゃない。
いつまでもこの時間を引き延ばしていたい、弱い自分のせいだ。


それを克服しようと、夕月ちゃんの手を強く握った。


「願い事を叶えた後ってどうするの?」


長らく続いた沈黙を破った俺に夕月ちゃんの視線が注がれる。
それを見つめ返すことは出来なくて、代わりに手を握る力を強めた。


「自由時間みたいなもので、どこで何しててもいいって…」


何となく予想していたのと同じ説明が返ってくる。


やっぱりそうだったか。
俺は強く握っていた夕月ちゃんの手を離した。


「じゃあ、もっと早く使い切ればよかったかな」


夕月ちゃんはこの世界が大好きで、知りたくて来たのに。
俺の願い事なんて義務みたいなモンで、早く済ませたい面倒事だったろうに。


俺は夕月ちゃんの願いを知ってた。
それでいて、自分のワガママでずっと引き止めてた。
どうして協力してやれなかったんだろう。


夕月ちゃんは、いつでも全力で俺の望みを叶えようとしてくれたのに。


「そんなことないです!」


そんな俺の情けない思考を遮るように夕月ちゃんが叫んだ。
いつも笑ってくれる夕月ちゃんが、この時ばかりは笑顔じゃなかった。


悲しそうって言うか、必死そうだった。


「世良さんと一緒にいた時間は…すごく…楽しかったから…」


一度は離した手を、今度は夕月ちゃんから握られる。
俺を見上げるその瞳は潤んでいるようにも見えた。


「夕月ちゃん…」


それが本音なのか、優しさからくる建前なのか。
今もまだ分からない。


だけど、俺はこの子にこんな顔をさせたいんじゃないんだ。


掴まれた手を引っ張って夕月ちゃんを抱き締めたい。
恋人だったら、きっとそうして笑顔にしてあげることも出来たのに。


「だから…!」


夕月ちゃんが何かを言いかけて止まる。
しばらく黙り込んで、そしていつもの笑顔になった。


「明日も、世良さんの練習を見に行っていいですか?」


俺の手を握る力がほんの少しだけ強くなったのが分かった。


夕月ちゃんも何かを怖がっているのかもしれない。
それが何なのかは、俺には分からないけど。


「夕月ちゃんがそれでいいなら…」


そう答えると、夕月ちゃんの表情がぱあっと明るくなった。


今更どっか好きなとこ行けなんて言う方がヒドイよな。
結局、俺は自分にそう言い訳して、勝手に後悔の念に苛まれていた。


*** *** ***


最後の一日はあっという間だった。
朝が来たと思ったら夜になってた、そんな感じ。


「本当にお世話になりました」


出会いの時に破壊した窓を背にして俺にお辞儀をする夕月ちゃん。
普通の格好をしてくれてた昨日が遠くに感じる。


昨日は繋がれていた手だって今はもう別々だ。
こうやって別々の道をお互いに歩いてく。


そう告げられているような、他人行儀な距離だった。


「私は全然お役に立てませんでしたけど…」

「んなことない!」


俺は一歩踏み出して夕月ちゃんとの距離を縮める。
たったそれだけのことだけど、ここ数日の距離に戻れた気がした。


「いっぱい嬉しくしてもらったから…」


この一週間は本当に色んなことがあった。


ケンカして仲直りして、願い事を叶えて貰って、デートまでして。
人生に起きるイベントを全て詰め込んだような一週間だった。


夕月ちゃんと過ごせた、かけがえのない時間だ。


「有難う御座います、世良さん」


それを言わないといけないのは俺だ。


いつも俺を幸せな気持ちにしてくれた夕月ちゃん。
俺は君に同じことが出来ていただろうか。


「それでは、お元気で」

「…っ!」


ごめん、やっぱりそれは最後まで出来そうにない。


俺は窓から飛び立とうとする夕月ちゃんの腕を掴んだ。


「世良さん?」


最後まで自分のことばっかでゴメン。
それでも、君の心が少しでも動いてくれればいい。


いつもの笑顔を俺の言葉で作りたい。


「俺、夕月ちゃんが好きだ」


心の中では何度も言った台詞。
直接伝えるのはやめようと、何度も止めた言葉だ。


それで夕月ちゃんの笑顔を奪うのが怖かったから。


こんな最後で伝える俺は多分ズルイ。
だけど、夕月ちゃんはこんな俺にも笑顔を見せてくれるんだ。


「私も世良さんが大好きです」


それは、いつもの笑顔だった。
聞かれた事を教えてあげた時にお礼を言ってくれるのと同じ笑顔。


(そう…だよな…)


諦めにも似た想いが胸を満たして、俺は掴んでいた腕を離す。
夕月ちゃんは戸惑っていたようだけど、やがて窓から飛んで行った。




そうして、俺と魔法少女の夢みたいな七日間は終わった。


ほんの少しの余韻を残して、嘘みたいにあっさりと、終わったんだ。



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