好きって3回唱えたら。 | ナノ
第6.6日



堺さんが居なくなっても夕月ちゃんは黙り込んだままだ。
今は俯いてしまって表情も見えない。


「夕月ちゃ…」

「ごめんなさい」

「え…?」


名前を呼ぼうとした所に力強い謝罪を被せられる。
すっかりタイミングを逃した俺はもう黙るしかない。


しばらく無言が続くと、ついに夕月ちゃんが顔を上げた。


「世良さんに私だけ見ていてほしくて…!」

「……っ!?」


必死さが混じったような色の瞳で射貫かれる。
握られた服から伝わる体温とか、少し赤く染まった頬とか、もう全てがダメだ。


「それっ…どこで勉強したの!?」


夕月ちゃんらしくない言動の原因はきっとそれだ。
そうであってくれ。


これが夕月ちゃんの本音なワケがない。


俺は夕月ちゃんが好きだけど、夕月ちゃんは違うはずだ。
そうじゃないと、この最後の願い事を後悔することになってしまう。


「雑誌に書いてありました。絶対に喜んでもらえるって」

「…雑誌?」

「はい!昨日読んだんです」


一瞬でいつも通りに戻る夕月ちゃん。
同時に、握っていた服の袖もぱっと離す。


それに安心したような、がっくり来たような。


(つーか、そのテクで見事に動揺した俺って…)


単純すぎる自分にため息が出る。
だけど、おかげで少しだけ冷静になれた。


夕月ちゃんは頑張ってくれてんだ。


この前のカレーと言い、本当に何でも頑張ってくれる。
俺のどうしようもないワガママに全力で付き合ってくれる。


それも今日で最後だけど。


「じゃあこれは書いてあった?」

「…!」


夕月ちゃんの手を握る。


俺にも一応、男としてのプライドがある。
女の子に主導権を握られっぱなしってワケにはいかない。


「二人とも嬉しくなることって、書いてありました」


夕月ちゃんが控え目に握り返してくる。
その温かさに幸せを感じる。
そして、ほんの少しだけ寂しくもなる。


(真面目だから…こんな頑張ってくれんのかな)


そんな疑問が浮かんでは、本人に聞けずに自分で勝手に答えをつけてきた。
でも、今日が終わればその答えがはっきりと出る。


願い事を使い果たした俺は、夕月ちゃんの中でどんな存在になる?


今日が終わったら嫌でも突きつけられる。
だから、せめて今だけは。


「そろそろ行こっか」

「はい!」




願い事の中に、俺を喜ばせることなんて入ってなかった。
この時はまだそのことに気付いてなかった。


夕月ちゃんが頑張ってくれるのは、俺と同じ気持ちだからだなんて。
そんなの考えもしなかったんだ。



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