好きって3回唱えたら。 | ナノ
第6.4日
「………」
「どうかした?」
「さっきから視線を感じるような…」
夕月ちゃんがそう言って辺りを見回す。
彼女を見ていた何人かが急いで視線を外すのを俺は見逃さなかった。
(まあ無理もないよな…)
俺のワガママの為に、夕月ちゃんはちゃんとオシャレをして来てくれた。
この世界のスタイルに合わせてくれたお陰で元からの可愛さが際立つ。
(やっぱ可愛い…)
もし逆の立場で俺が通行人でも振り返る可愛さだ。
そんな子が隣を歩いている。
こんな体験、きっと最初で最後だ。
「私…変じゃないですか?」
「変じゃない!全然変じゃないから!」
「でも…」
「めっちゃ可愛いって、俺さっきも言ったじゃん!」
不安そうにする夕月ちゃんの肩を軽く叩く。
「はい…!」
ふわりとやわらかく微笑み返される。
夕月ちゃんの笑顔には、こっちまで安心させるような不思議な力がある。
これからも隣で俺を元気付けてくれれば良いのに。
無理だと分かっているけどそう願う。
それを夕月ちゃんに伝える機会はもうないけど。
願い事を使い切った俺には、もう何もない。
「世良か?」
「……!?」
昨日のデジャヴだ。
また後ろからの声に思考を遮られる。
その声は昨日とは違う人のものだ。
だけど確かに聞き覚えがある。
「堺さん…」
「なにビビってんだよ。なんも言ってねえだろ」
いつも怒られてるせいで条件反射で構えてしまった。
深く息を吐いて力を抜くと、堺さんの視線が俺の隣へと移動した。
「ソイツか、外国から来たってヤツは…」
堺さんが夕月ちゃんを見る目が怪訝そうなものに変わる。
「ホントに外国人か?」
「あ、いや、その」
「まあ日本人にも見えねえけど…」
俺は数日前についた嘘を激しく後悔した。
だってあの時はこんなことになると思ってなかった。
何で堺さんがオフの日に浅草にいるんだよ!
つーか何で浅草をデートの場所に選んだんだ俺!
そうだ、堺さんが浅草を案内してやれって言ったから…
「ん?」
「………」
「…夕月ちゃん?」
弱々しく服の袖を引っ張られる。
それは本当に少しの感覚だったのに、何故か気付いてしまった。
「えっと、どうかした?」
「…………」
無言で俺の袖を掴んだままの夕月ちゃん。
その意図が全く分からなくて俺は困ってしまう。
そんな中、堺さんだけが冷静に踵を返した。
「明日は遅刻すんなよ」
来た道を戻っていく堺さん。
それが目的地と逆の方向だとは、混乱した頭でも分かった。
俺達に気を遣ってくれてるのも分かった。
「アザッス!!」
「何で礼言ってんだよバカ」
堺さんはいつも通りにカッコよく去っていく。
ただ、残された俺達だけ、いつも通りじゃなかった。