好きって3回唱えたら。 | ナノ
第5.7日
おばあさんを見送ってから、下げていた頭を上げる。
手に持っている紙袋が心地良い重さだ。
「帰ったら一緒に食べよっか」
「はい!」
このむずがゆい気持ちを、一緒に喜んでくれる女の子が隣に居る。
なんて贅沢だろう。
あと数日だと分かっていながらも、その小さな幸せを噛み締めてしまう。
「世良ー」
その気持ちを遮るような声が後ろから聞こえた。
聞き慣れた、少し間延びした声だ。
「か、監督…!?」
「よう」
さっきまでの練習と変わらない姿で、まるで当然のように現れる。
こんな所で会うと思ってなかったからビックリだ。
「監督もこっちに何か用ッスか?」
「んー別に? お前のこと尾行してただけだし」
「…はい?」
変な人だとは思ってたけど、さすがにその発言には衝撃を受ける。
固まっている俺を無視して監督は言葉を続けた。
「お前さ、最近ミョーに不安定だっただろ?」
「そう…ッスかね…」
「だから何か危ないことでもしてんのかと思って」
そんなに怪しかったか、俺?
「まあ独り言は多かったけど」
監督の言葉にギクッとする。
とっさに夕月ちゃんを見たが、笑顔で返された。
(自分が原因だって気付いてないか…)
少しほっとする。
もう、この子を傷つけたくないから。
安心した所で監督に向き直る。
目を合わせると、監督が気の抜けた笑いを浮かべた。
普段の練習では見せない優しい表情だった。
「なんつーか見直した」
たった数歩で俺の隣に来た監督に背中をぽんと叩かれる。
大した衝撃でもないのに、体中の力が抜けていた俺は少しバランスを崩した。
「やるじゃん、お前」
監督の短い言葉と、遠ざかる足音だけが頭の中で響く。
込み上げる感情が言葉にならないのは、この数日で何度目だろう。
監督に認められた。
そんな気がして、嬉しくてしょうがなかった。
すっかり小さくなった監督の後ろ姿に頭を下げる。
「褒められましたね」
「夕月ちゃんのおかげだよ」
「…私の?」
夕月ちゃんが気付かなければ、俺も見過ごしていたかもしれない。
それは魔法なんかじゃない。
夕月ちゃんという女の子の優しさなんだ。
(魔法なんかなくても、俺を幸せにしてくれてるよ)
心からそう思う。
だけど、それを伝えるのはもう少し後にしよう。
今は違う言葉を君に聞いてほしい。
さっきは言いそびれた、俺なりの覚悟。
誰よりも優しい魔法少女に叶えてほしい最後のワガママ。
「あのさ、夕月ちゃん」
聞いて、最後の願い事。