好きって3回唱えたら。 | ナノ
第5日


昨日の試合の反省会がメインだから、練習は軽めだ。


(昨日と言えば…)


夕月ちゃんと二人で歩いた帰り道を思い出す。
自分でもニヤついてるのが分かると、堺さんに怒られた。


「あんな結果で笑ってんじゃねえよ」

「スンマセン、堺さん!」

「だから笑うなって言ってんだろ!」

「いでっ」


最終的には殴られた。


*** *** ***


「今日はあんまり走らなかったんですね」

「うん、反省会してたから」


堺さんに殴られた痛みが引いてきた頃。
ちょうど練習も終わり、俺は夕月ちゃんと二人で浅草を歩く。


夕月ちゃんは昨日と同じように俺の隣を歩いてくれてる。
浮いてる夕月ちゃんに慣れてたから、急な目線変更に少し戸惑う。
でも、やっぱ嬉しい。


「世良さん」

「ん、なに?」

「何かいいことありましたか?」


俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
近過ぎて反射的に身を引くと、夕月ちゃんは不思議そうな顔をしていた。


「まあ、嬉しいことはあったかな」

「なら良かったです!」

「うん…」


分かってる。
俺は夕月ちゃんに異性として意識されてないって。
違う世界の人間なんだから、対象にならないのは当たり前だ。


分かってるけど。
夕月ちゃんが隣を歩いてくれれば嬉しいし、笑ってくれると幸せなんだ。


こんな生活もあと少しで終わる。
三つ叶えてくれると言った願い事も、残っているのはあと一つだ。


そして、最後に何を願うのかはもう決めてあるんだ。


「夕月ちゃん、あのさ…」

「…………」

「…夕月ちゃん?」


夕月ちゃんが一点をじっと見つめている。
その視線の先を追ってみると、何だか困ってそうなおばあさんがいた。


「大変です!」

「え、夕月ちゃん!?」


俺が状況を整理している間に夕月ちゃんは走り出す。
数秒遅れでその後を追った。


「大丈夫ですか?」

「…………」

「って、あ、私見えないんでした!」


どうやら夕月ちゃんも状況の把握は出来てなかったらしい。
よっぽど慌ててたんだろうか。


「せ、世良さん…どうしましょう…」


それでも迷わず駆け出した夕月ちゃんの優しさに苦笑してしまう。
俺に頼ってくれたのも嬉しくて、また笑う。


「俺にまかせて」


不安がる夕月ちゃんの腕を引っ張って俺の後ろに立たせる。
本当は頭でも撫でてやりたいけど、困ってる人を放っておく訳にはいかない。


「大丈夫ッスか?」


自分で声が掛けられない優しい子の代わりに、声をかけた。



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