好きって3回唱えたら。 | ナノ
第3.8日
「ただいまー」
「…!」
玄関から世良さんのよく通る声が聞こえる。
私は机に並べ終わった料理を前にドキドキする。
なんとか魔法を使わずに完成させることは出来た。
(普通に食べられたし…大丈夫…)
数分前に味見をした時の事を思い出す。
祖母が作ってくれたのとは若干違うけど、食べられないことはなかった。
(でも、こっちの人と味覚とか違ってたらどうしよう…!)
私はこちらの世界のものを美味しく食べられたけど。
それでも味覚が同じと言う保証はない。
味覚を言葉で100%伝えることが不可能な以上、絶対なんてない。
「ただいま、夕月ちゃん」
「……!!」
あたふたしてると、世良さんの声がすぐ近くから聞こえた。
「あ、夕飯用意してくれたんだ!」
後ろにある料理に気付いた世良さんが私の横を通り過ぎる。
時間差で引きとめようとした手は行き場を失った。
「カレー…?」
世良さんがぽつりと呟いた声が、沈黙が続く空間によく響いた。
そうか、この料理はそんな名前だったんだ。
真っ白な頭のどこかでそう思う。
それでもきちんと機能し続ける目が、目の前の光景をきちっと捉える。
世良さんの身体が小さく震えたのが見える。
(怒られる…?)
人って怒る時によくそういう動作をする。
ましてや、今は怒られる理由もきちっとある。
(怒られるんだ…)
それを覚悟して、私は目をつぶった。
「夕月ちゃんってカレー作れたんだ!」
…あれ?
予想したのと全然違う反応が返ってくる。
驚いて目を開けると、興奮気味の世良さんがいた。
「料理とか得意だったの!?」
「い、いえ…私これしか知らなくて…」
「夕月ちゃんの世界にもカレーとかあんの!?」
「えっと、小さな時に祖母がよく作ってくれて…」
あれ、何か変だ。
いつもと立場が逆転してる気がする。
「すっげー!ちょうどカレー食べたかったんだよね!」
世良さんが席に座る。
そして視線で私にも座るよう促した。
私も慌てて席に着くと、世良さんはスプーンを構えた。
「これマジで魔法なし?」
「はい、だから自信ないんですけど…」
「いっただきまーす!」
「あ…」
私が最後まで言わない内に世良さんは一口食す。
あまりの突然さに、心の準備が完了してなかった私は心臓が飛び跳ねた。
「…………」
「……………」
世良さんが割と長めにそれを味わう。
私は生殺しにされているような気分だ。
(もういざとなったら世良さんの記憶を消そう…!)
急速に上昇した心拍がなかなか治まらない。
だから、苦し紛れにそんなことを考えてしまう。
すぐ魔法に頼るのは自分の弱い所だと先ほど分かったけれど。
その反省がどうにもならないほど、この時間は辛い。
早く終われとひたすら願う。
すると、世良さんがスプーンを置いた音が聞こえた。
「美味い!!!」
その言葉は食器が触れ合う金属音とほぼ同時。
何が何だか分からなかったけど、考えるよりも先に言葉が先に出た。
「え…?」
「これめっちゃ美味い!」
「ほ、本当ですか?」
「うん!」
世良さんが再びスプーンを持って掻き込むように食べていく。
その様子を眺める内に、それまで真っ白だった頭が徐々に働き始めた。
私の料理は成功で、世良さんに喜んでもらえてる。
目の前の光景からはそんな事実が読み取れた。
そして、それは私が望んでいたことだった。
「よかった…」
安堵に胸を撫で下ろす。
上昇し続けていた鼓動がゆっくりと治まっていく。
だけど、またすぐ速くなる。
こちらの人の役に立ちたくて、魔法を勉強していたはずだった。
なのに今。
(魔法を使わずに喜んでもらえた…)
当初の目的とは違ったかもしれない。
それでも、一つ目の願い事を叶えた時とは明らかに違う。
充実感や達成感はそれの比じゃない。
様々な感情が入り混じって複雑なこの気持ちは、上手く言い表せない。
ただ分かってるのは、今までの中で一番幸せだってこと。
しばらく治まりそうにない、治まってほしくない感情。
世良さんの笑顔でそれは更に加速する。
その感情の名前を、私はまだ知らない。