好きって3回唱えたら。 | ナノ
魔法少女は掃除機が好き
夕月ちゃんはあれ以来すっかり掃除機が気に入ったらしい。
「〜〜♪」
今も自発的に掃除機をかけてくれてる。
俺にとっては有難い話だ。
朝も夜も、暇さえあれば掃除をしたがる夕月ちゃん。
一日中掃除してるわけだから、もう掃除する所ってないと思う。
だけど夕月ちゃんは熱心に掃除機をかけている。
そのおかげで、耳に響く掃除機特有の低音にも慣れた。
「夕月ちゃん」
「はいー?」
「夕飯なんだけどさ」
「何ですかー?」
今更だけど掃除機ってうるさい。
あの音には慣れればいいけど、会話の時はさすがに邪魔だ。
でも、夕月ちゃんに掃除止めてなんて言えない。
俺は家中に響く掃除機の音を頼りに夕月ちゃんの姿を探す。
段々とその音が大きくなった時、俺は衝撃的な光景を見た。
「あ、世良さん」
夕月ちゃんは掃除機をかける時だけ浮かない。
今はちゃんと床に足をつけている。
浮いているのは、重たげな家具たちだ。
通常では有り得ない光景。
非日常な出来事にも大分慣れたつもりだったが、これは流石に無理だ。
頭がパニックを起こしていると、夕月ちゃんが掃除機を止めた。
「いけないこと…だったでしょうか?」
夕月ちゃんが少し怯えたような目で俺を見る。
俺と言えば、まだ少し混乱が残っている。
「いけなくないけど、ちょっと驚いたって言うか…」
ホントはちょっとじゃないけど。
夕月ちゃんを少しでも安心させてあげる為にそう言う。
混乱した頭でもそれだけは考えられた。
「…怒ってませんか?」
「怒ってないよ」
笑顔でそう返すと、夕月ちゃんの表情がぱあっと明るくなる。
何故だか俺まで安心した。
「隅々まで綺麗にしたくて、それで…」
夕月ちゃんは浮かせていた家具をそっと降ろす。
いくら魔法とは言え、空気は動いたはずなのに埃一つ舞わなかった。
本当に丁寧に掃除してくれてるのが分かる。
夕月ちゃんって血液型はAなんじゃないかとか下らない事を思った。
「聞こうかと思ったんですけど、忙しそうだったから…」
俺は夕月ちゃんが掃除で忙しそうだと思っていた。
でも、どうやら逆だったらしい。
「やっぱり勝手にはダメですよね、ごめんなさい」
怒ってないと言ったのに、夕月ちゃんは俺に頭を下げる。
何でだ。
夕月ちゃんは家をこんなに綺麗にしてくれた。
こっちがお礼を言わなきゃいけないのに、何でこんな風になってるんだ。
そうか、俺が驚いて黙ってしまったからだ。
それで怒ってると誤解されたのか。
まずはその誤解を解こう。
その後にお礼を言おう。
そう思って言葉を発しようとした、その時。
「わ、私、気にしてませんから!」
「…へ?」
夕月ちゃんの顔は真っ赤で、何だか妙な雰囲気だ。
「元の世界でも一応そういった類の物はあったし…」
「え、なにが?」
「男の人は大変だって知ってますから、大丈夫です!」
「え…」
何か夕月ちゃんの言葉の意味が分かってきた。
そしてヤバイと青ざめる。
「…夕月ちゃん」
「は、はい!」
「俺の部屋も掃除してくれた…?」
「えっと…はい!」
「さっきみたいに家具とか浮かした…?」
例えば、ベッドとか。
そう聞くと夕月ちゃんの顔が更に赤くなる。
それは何よりも正直な答えだった。
善意で掃除をしてくれていた夕月ちゃんに見られたんだ。
ベッドの下という、何ともベタな場所に隠しておいたコレクションを。
夕月ちゃんはさぞかし驚いたことだろう。
そして俺は居た堪れない。
「…夕月ちゃん…」
「は、はい…」
「ゴメン、忘れて」
「はい…」
結局、言おうと思ってたお礼の言葉は謝罪へと変わった。