好きって3回唱えたら。 | ナノ
憧憬
基本的に生活能力0の俺の家にも掃除機はある。
もちろん自分で買ったわけじゃない。
詳しい経緯は忘れたけど、堺さんがくれたお下がりだ。
貰ったは良いが、めったに使ってなかった。
いつかコレを使ってくれるような彼女ができたらいいな、とか思ってた。
本来の用途ではなく、そんなぼんやりとした妄想に使っていた。
もはや骨董品レベルだ。
割にスペースを取っているソレに、夕月ちゃんは興味を持ったらしい。
思えば、しばらく掃除もしてない。
こんな機会でもなければ、この先もしないだろう。
「して見せるよ。気になってるんでしょ?」
読んでいた雑誌を閉じて立ち上がる。
夕月ちゃんを見ると、いつものように嬉しそうに笑ってた。
*** *** ***
「よっと」
「わあ…!」
収納用に縦に置いてある掃除機を横に崩す。
夕月ちゃんはまるで特撮物の巨大ロボ合体を見るかのように興奮している。
実際、日曜の朝にやってるアレを見たらきっと大はしゃぎだろう。
(見せてあげたいな)
そう思って頭の中で曜日の計算を始める。
だけど、途中で止めた。
「どうかしましたか?」
「ん、何でもない」
コンセントに掃除機のコードを差し込む。
そしてボタンを押すと、あの独特の音と共に掃除機が稼動した。
「変な音がしてます!」
「掃除機つけるとこの音がするんだよ」
詳しい理由とか原理は知らないけど。
俺が小さい頃から、掃除機ってのはこの音と共にある。
「そんで、こうやって使う」
床を拭くように手に持った掃除機を動かす。
俺の隣にいる夕月ちゃんから感嘆の声が聞こえた。
それもこの数日ですっかりお馴染みだ。
「あ、あの!」
「何?」
「これを使って掃除したいです!」
夕月ちゃんは積極的だ。
驚かされることも多いけど、出来る限り協力したい気持ちは変わらない。
「掃除の仕方わかる?」
「はい!」
それまで僅かに宙に浮いていた夕月ちゃんが降りてくる。
そして俺から優しく掃除機を奪った。
「この世界の掃除に関するアニメを見たことがあります」
「掃除に関するアニメ?」
何だそりゃ。
「ネズミのキャラクターが魔法を使ってお掃除するんです」
あ、納得。
俺も一度だけ見たことがある。
(それにしても、夕月ちゃんの情報源って一体…)
戸惑っている俺を余所に、夕月ちゃんが掃除機を構える。
魔法少女に掃除機は意外と様になっていた。
「お掃除がんばりますっ」
さっき俺が見せたのと同じ動きで夕月ちゃんが掃除機をかけ始める。
それは、前に俺が妄想していた光景だった。
甲斐甲斐しく自分の世話を焼いてくれる可愛い女の子。
男なら誰でも一度は望んだことがあるだろう。
そんな子が今、俺の目の前にいる。
だけど。
(帰っちゃうんだよな…)
あと何日かしたら夕月ちゃんは居なくなってしまう。
それが引っ掛かって素直に喜べない自分がいる。
いつも心から笑ってくれる夕月ちゃんとは大違いだ。
こんなんじゃダメだと自分の両頬を軽くぶつ。
その音は掃除機の轟音に紛れて、夕月ちゃんの耳に届く前に消えた。