お正月フリー小説




3、2、1!


『ハッピーニューイヤー!!』


豪快な音を立て、予め準備していたクラッカーをお姉ちゃんに向けて放った。昨日で仕事が終わったお姉ちゃんは急いで年賀状を書き上げ、コタツで横になっていた。「うるさい!」と不服そうに目を擦っていたけれど、機嫌は悪くなさそう。


今日。たった今だけど2010年が明けた。去年は色んなことがあったなぁと振り返ってみる。特に……日番谷くんの、こと。まさかあの朝に偶然会って、ここまで仲良く?なれるなんて一年前の私からは想像も出来ないことだと思う。

(一年前の私。ビックリした?)

25日までに年賀状を出してくださいっていうCMを見て、慌てて出しに行ったのが彼の分。パソコンで印刷したあと、なんて言葉を書こうかと結構迷った。来年も同じクラスだといいね?でもそれだったらクラスの男子に出すのと同じ。日番谷くんは特別。そんな気持ちををさり気なく込めたかった。

<朝寝坊しないように頑張ります>

散々悩んだあげく、書いたのがたったのこれだけ。ごちゃごちゃした長い文章も考えてみたけれど、なんとなく日番谷くんにはこういうシンプルな言葉のほうが気に入ってくれるんじゃないかという結論にいたった。全くもって私の偏見だけど。それでも日番谷くんと朝の数十分間繋がりがあるだけで、頬が緩んでしまう。お姉ちゃんはもっとアピールするべきだ、と助言してくれるけど…私だってこの気持ちに気づいたのが最近のことなんだから無理!すぐに行動に移せるようなタイプじゃないもん。ゆっくりでいいの、私は。少しでも日番谷くんに近づければ。


そんなこんなで友達から届いたあけおめメールに返信して、お姉ちゃんと音楽番組を観ているうちにもう朝。お母さんたちも起きてきて、おせち料理を並べ始めた。冬休みだからって怠けて家事を手伝わなかったら良いお嫁さんになれないわよ。とお母さんに叱られて、渋々手伝ったおせちを口にする。うん、意外とおいしい。


「あ!そうだお母さん、あたしこれ食べ終わってから彼氏と初詣行くから」
「それで振袖の着付けをして欲しいと?」
「だって独りじゃ着れないし。そだ、咲夏も一緒に来る?」
『えーいいよ、お姉ちゃん二人きりの方がいいでしょ』


私は知ってる。お姉ちゃん達はいつも仕事で忙しくてなかなか会えないこと。今日だって顔には出さないけど、実は楽しみにしているに違いない。初詣なんて今まで私がどれだけ誘っても行かなかったお姉ちゃんが、お母さんにせがんでる様子を見てると思わず笑ってしまう。私は眠いからもうちょっと寝てから…そうだなぁ。お昼ごろからお参りに行こう。


「なに言ってるの。あの子を呼べば良いじゃない」
『あの子?』
「そ。毎朝迎えに来てくれる、あのボーヤ」
『なぁっ!?』
「そんなに驚くことじゃないでしょ。デートに誘うくらい」


すまし顔でさらっとお姉ちゃんは言う。お母さんには、何のこと?と疑問符を投げかけられる。私は恥ずかしいからインターホンが聞こえた瞬間に家を出る。だからお母さんは日番谷くんの顔も見た事がない。お姉ちゃんだけでなく、咲夏ちゃんにもそういう男の子がいたのね……とか横でぼそりと呟かれるもんだから、恥ずかしくって堪らない。わざと誤解を招くように提案したお姉ちゃんを恨んだ。





「ほら咲夏、早く!」


あれから寝ようと横になった私をお姉ちゃんはことごとく邪魔して、無理やり私に振袖を着させた。お母さんまいつの間にかグルになっていて、少し薄めに化粧までされて……。私日番谷くんを誘う勇気とかないから!との反論むなしく、お姉ちゃんに腕を掴まれたままの私は神社に向かっている。


『え、こっち?』
「だって神社へ行くのにはこの道が一番近いでしょ」


さすがの強引お姉ちゃんも無理に日番谷くんを誘う気はないらしく、素直に神社へ向かった。お姉ちゃんのことだから家まで押しかける可能性もあるから、どうやって阻止しようか頭を悩ませていたのに。最初から意地悪しないでそう言えばこんなに冷や汗かかなかったのに。
(でもなんでだろう。ちょっぴり残念)


「あれぇ?咲夏やっぱりあのボーヤと一緒に行きたかったんじゃないの」
『そんなことないから』
「ふぅん。意地張らずに誘ったほうがいいと思うけどね」


お姉ちゃんの言葉にドキリとしながらも平静を装う。鳥居で待ち合わせをしている様だったから、あとちょっとで別れられる。お姉ちゃんが彼氏さんと合流したらさっさと家に戻ろう。さっきの日番谷くんの話じゃないけれど、独りで初詣っていうのも寂しいからね。

(冬獅郎、帰ってからおせちを食べようか)
(あぁ。ばあちゃんの作ったやつなら食べる)
(ちゃんとお前の好きな卵焼きも作っておいたからねぇ)
うそ――。日番谷、くん神社に近づくにつれ、参拝客が増えていく。私達のように振袖を着ている人もいれば、普段着の人もいた。その中に私の会いたかった人物の姿が見える――。ねぇ、もしかして。お姉ちゃんが耳打ちしてきた。適当に相槌をうちながら(だって本当に信じられなくて)終業式以来に見掛けた数メートル先の彼と彼のおばあちゃんの姿を眺めた。

こんな大勢の中から日番谷くんを見つけられる自分に心底驚きながらも、お姉ちゃんはずんずんと前を行く。向こうは私達に気づいていない。学校では見たことのない柔らかい笑顔でおばあちゃんと話している。

(あと5メートル……)

気づいて欲しいのか欲しくないのか、自分でもよく分からない気持ちのまま日番谷くんのすぐ傍まで来てしまった。とっさにお姉ちゃんの後ろに隠れる。どうやら私は日番谷くんと会わない方を選んだらしかった。だって寝不足で隈出来てるし、似合わない振袖なんかも着せられちゃってるんだもん。だけどそんな私をお姉ちゃんが簡単に許してくれる訳なくて。


「ちょっと咲夏」


お、お姉ちゃん止めてよ!そんな声で私の名前呼んじゃあ……気づかれちゃうかもしれない。目で訴えたのにお姉ちゃんは見事に黙殺して、私の体を道の内側へ引っ張った。もぉっ!お姉ちゃんのバカ!意地悪!


「あ」


横から聞こえてきた声にビクリと心臓が跳ねる。してやった、といった風ににんまりと笑っているお姉ちゃんを肘でゴツンとつついた。好きな人の前なのになにやってんのよ、私!

(気づかれちゃったよね……)

そう考えたら、スーっと心が軽くなって。多分開き直ったんだと思うけど、日番谷くんの方へ顔を向けるのもそれほど緊張しなかった。


『あけましておめでとう!日番谷くん』
「あぁ。今年もよろしくな、渡嘉敷」


日番谷くんの私服姿を間近で見て、やっぱりカッコイいなぁと再確認。制服をきっちりと着こなしている姿も好きだけど、偶にはこういうのも見てみたい。杖をついたおばあちゃんに優しいのも紳士みたい。そういえば前に、おばあちゃんと二人暮らしだって聞いたことがある。


「冬獅郎、こちらのお嬢さんたちは?」
「……んと」
『あああの!日番谷くんのクラスメートの渡嘉敷です!!それでこっちは』
「姉の麻由美です。毎日冬獅郎くんに妹が迎えに来てもらってるみたいで、本当にご迷惑おかけしてます」


にこりと微笑んでいる日番谷くんのおばあちゃん。思わず頬が綻ぶ。こういう時だけお姉さんぶるお姉ちゃんに少し不満はあるけれど。道の往生での立ち話は何だということで、私達はわき道へそれた。私のマフラーをそっとおばあちゃんに掛けてあげる。きっとこの寒さは辛いはずだ。私達が長く引き留めたら、体調を壊しかねない。


「悪いな渡嘉敷」
『ううん。私は大丈夫だから、心配しないで良いよ』


新年の挨拶を早々と済ませ、お姉ちゃんは私に合図を送る。誘ってみたら?言葉にしなくても、言いたいことは分かった。本音を言えば今からでも一緒に初詣に一緒に行きたい。さっきから日番谷くんの眼差しひとつに頬が煽られていくような感覚がしていた。だけど……寒さを堪えているおばあちゃんを見ていると、そんな軽々しく言える内容でないことは明白で。私がそのことを口にすることで日番谷くんに迷惑がかかるのは絶対に嫌だから――開きかけた口を噤んでしまう。


『っ』
「?」


それに日番谷くんはもう初詣に行った後だもんね。私ともう一回行くとか、すごく迷惑な話じゃない。図々し過ぎるよ。お姉ちゃん、私はやっぱり日番谷くんを誘えません。


『あの、じゃあね日番谷くん』
「え?」
『また始業式の日に合おうね』
「あっ、おぉ。迎えに行く」


名残惜しい気もするけれど仕方ない。相手の都合も考えずに誘おうとかいう甘い考えを抱いていた私が悪いんだ。マフラーはまた会った時でいいからね。おばあちゃん、体に気をつけて。のろのろと後ろを気にして歩くお姉ちゃんの腕を、今度は私が引いて道路に戻った。


「いいの?」
『うん。だって、おばあちゃん寒そうだったし』
「まぁそうね」


家を出たときより確実に重くなった足を進めた。本当に仕方のない事だからね、私?ちゃんと分かってるよね?これで拗ねたような態度とるの明らかに筋違いだからね?

(自分が悪いんだから)

少なからず不貞腐れている自分を必死で宥めた。


(冬獅郎、本当はあの子のところへ行きたいんじゃないのかい?)
(いや。また始業式には会える)
(ばあちゃんのせいで我慢することはないんだよ)
(別にそんなこと……)
(行っておいで。ばあちゃんは一人で帰れるから)


「渡嘉敷!」


背後から日番谷くんの声が聞こえてきたような気がした。ううん、まさか。そんなの有り得ない。だってもうここは神社の中で、お姉ちゃんと別れた後で、あたしは一人ぼっちで、今から家に帰るとところで、さっき会った場所からはかなり離れていて、

(でもこの声は確かに……!)


「あの、渡嘉敷!」
<う、うそ……>
「あの、今更だけど」
<うそ嘘ウソ。なんでここに>
「一緒にもう一回」
<だって、日番谷くんは>
「初詣に行かないか?」


息を切らして、顔を真っ赤にさせて私の目の前にいるのは――やっぱり日番谷くん本人で。突然の出現に混乱している私の思考回路を、彼の言葉は更にぐちゃぐちゃにした。

(本当にどうしちゃったんだろ)


「なんていうか、もう少しお前と一緒にいたいんだ」


そんなことを真顔で言われれば、いくら鈍い私でも期待してしちゃうよ、日番谷くん――?





(手ぇ繋ぐか?)(えぇ!?)(い、いや。ほら!逸れると困るだろ)



2010/03/10[完結]