X’mas小説





いま、何時頃なんだろ。咲夏は朝方、唐突に目が覚めた。普段ならば決して起きるはずのない時間だったため、現在の時刻が想像もつかない。
この暗さ的に6時にはなってないハズ……。目覚まし時計、目覚まし時計っと。がさごそと手当たり次第に辺りを探れば、それらしき物に手が触れた。小さなライトを点け確認する。うーん、5時30分。起きるには随分早すぎる。カチっとライトのスイッチを切り、咲夏は一度起こした体を再び毛布に包ませ、布団へ潜り込んだ。

(私、あれからなんか変だよ……)

《あれから》というのは先日、あるクラスメートと約束を交わした、あの日からだ。12月20日。日番谷冬獅郎の誕生日。もの静かな彼が《一緒に学校へ行かないか》と誘ったあの朝から、咲夏の様子は確実におかしくなっていった。


『全然……ねむくない。目もパッチリしてる』


まず朝、早く起きられるようになったこと。目覚まし時計を過去に3個破壊する程、咲夏は朝が苦手だった。なのに、だ。それなのにここ数日は嘘のように、早朝に目が覚める。彼との約束は7時半。咲夏が急いで支度をすれば、7時に起きても十分に間にあう。だが、それよりも随分早くに、目が覚める。それもあの日から今日までの4日間連続で。これはもうおかしいと言う他なかった。
そして、もうひとつ。これは咲夏の年では別段不思議なことではないのだが、恋愛に疎い咲夏には十分、大きな変化だった。

日番谷くんを見ていると、心臓が飛び跳ねるようにドキドキする。今までこんなことは経験したことがなかった。緊張して心臓が速くなるのでも、運動をし、酸素を求め心拍数が上がるのでもない。その未知の原因は、他ならぬ日番谷冬獅郎以外の誰でもなかった。


『私には知らないことばっかり……だけど、もっとよく知りたい。日番谷くんの、こと』


そう思うのは自然なことなのだろうか。咲夏には分からなかった。だけど、この気持ちには素直になりたいと思った。意地を張らずに、成すがままに。

(すき。なのかな?私は、日番谷くんが)

うん、そうなのかもしれない。前にお姉ちゃんが言っていた。恋の始まりは、大概が相手に興味を持ち始めた時だって――。私は日番谷くんに興味を持っている。だからより、彼のことを知りたいと思う。今日だってクリスマスイヴってことと前に渡せなかった誕生日プレゼントを兼ねて、日番谷くんの好きな甘納豆を用意している。わざわざ昨日松本さんに聞いて、買いに行った。久しぶりの買い物が甘納豆って、となんだか笑えたけれど、彼のためだと思うと自然と足取りは軽くなっていた。


『ちゃんと受け取ってくれるのかなぁ……迷惑がられないと良いんだけど』


そんなことを延々と布団の中で考えていれば、隣で寝ていた姉に煩いと文句を言われた。咲夏とは違い、社会人である姉はクリスマスなどと浮かれてはいられない。昨日も、夜遅くまで仕事をしていたらしい。その為か、今日は幾分、普段より機嫌が悪い。こうなったらお姉ちゃんのお怒りに触れないうちに起きたほうが良さそう……。


「咲夏、アンタ起きてんなら早く着替えたらどうなの。一人であのボウヤの事考えてたって仕方ないでしょ」
『うん、いま起きようと思ってたところ……』
「ってかアンタもそんなに好きなら、自分から迎えに行ったらどうなのよ。知ってるんでしょ、家?」
『まぁ、そりゃあ――中学も3年間一緒だったわけだから知ってるけど、』


でも今、6時15分だし。私が日番谷くんのところへ迎えにいって行き違いになるとは考えにくいけど、なんか恥ずかしいし…。そう考えて初めて、日番谷くんの気持ちが分かった。朝、家まで迎えに行って、インターホンを鳴らす。その動作がどれほど勇気のいることか。私は想像しただけでも、半場逃げ腰になっている。それなのに、日番谷くんはあれから毎日欠かさず、同じ時刻にインターホンを鳴らしてくれる。

(すいません、渡嘉敷さんのクラスメートの日番谷ですけど……)

それはとても、勇気の要ることなんだ。平然としていたけれど、日番谷くんだって緊張しているのかもしれない。ううん。絶対に緊張していたに決まってる。それを理解したとき、咲夏の心は決まった。


『お姉ちゃん、私日番谷くんとこ、行ってくる』
「頑張りな。あと、ご近所迷惑にならないようにね。朝から大声で喋っちゃだめよ」
『わ、分かってるよ、私もそんなに馬鹿じゃないし……っ』
「そう。じゃあ、まっ!がんばれ。あたしはもうちょい寝させてもらうから」


布団から出て、制服に着替える。今日は終業式だ。この服を着るのも、今年は今日で最後――。普段より、ゆっくりと咲夏は支度を済ませた。
外に出てみれば、昨日とはまるで違う白銀の世界。最高のホワイトクリスマスになるかもしれない、と咲夏は堪らず笑みを零した。確か日番谷くん家ってこっちの方で……あ!あれだ。表札に『日番谷』って書いてあるから間違いないよね。よし、あとはチャイムを鳴らすだけ。だけど、やっぱり緊張するーッ。もう既に心臓バクバクしちゃってるよ。

思っていたよりもすんなりと冬獅郎の家を見つけられたものの、咲夏はなかなかチャイムを押せずにいた。寒さで悴んだ指も、意のままに動いてくれそうにない。他人の家の周りを長時間うろうろしたくはない……。先ほども、犬の散歩をしていた男の人に変な目で見られた。必死で自分は怪しい者ではないと、目で訴えてみるものの、事情の知らない他人から見れば咲夏は完全に怪しい人物であった。

(う、頑張れ、私!ここで押さないと、本当に不審者だよ)

半ば涙目になりつつも、意を決してチャイムに手を伸ばした。と、その時――ガチャリと内側から鍵の外れる音が聞こえた。


「ばあちゃん、行って来る……って、え?渡嘉敷?お前、なんで此処に?!」
『あの、あのね!いつも日番谷くんに来てもらうのは悪いと思って……そのっ、此処まで来たんだけど!!なかなかチャイム押せなくって』
「え゙。じゃあこんな寒いなかずっと待ってたのかよ!?」
『ま、まぁそういうこと、に……なるかな?』


予想外の登場で目を丸くする冬獅郎に、咲夏は慌てて説明した。自分が勝手に来ただけだから、冬獅郎のせいではないと何度もしつこく説明したが、自分に非があると感じている冬獅郎は、長い時間待たせてしまってすまない、と咲夏に謝った。

(なんだか、逆に迷惑だったのかもしれない……。こんなのだったら大人しく家に居れば良かったかな)

しょんぼりと落ち込む咲夏に、流石の冬獅郎も気がついた。そして、せっかくの好意を無駄にしてしまった自分を僅かに責めた。しかし、冬獅郎にも冬獅郎なりの考えがある。自分から一緒に行こうと誘っておいて、相手を待たせるという行為は、彼にとって決してしてはいけないことであり、言語道断だとも思っていた。

(だけど、ちゃんと渡嘉敷に感謝しねぇと)


「渡嘉敷……そのっ。ありがと、な」


その一言で咲夏は心が温かくなるのを感じた。やっぱり姉の云ったとおり来て良かったと、改めて思った。冬獅郎との静かな朝の空間がとても愛おしく、出来ればこれからもずっと続いて欲しいと願った。

今更だけど、日番谷くんはいつまで私と一緒に学校へ行ってくれるつもりなんだろう?約束をするときに期限を付けることはあまりないけど――もしかしたら、二学期の間だけってことなのかもしれない。そしたら今日で終わりになっちゃうのかな……?それでも仕方がない。と、咲夏は思っていた。元々自分は朝が苦手だ。この数日間は、寝坊せずに起床しているが、これから毎日続けられるのか。自信はあまりなかった。それに毎朝通り道とはいえ、他人の家に迎えに行くことは容易ではない。


『日番谷くん、これ、つまんない物だけどクリスマスってことで……』
「?」
『松本さんに日番谷くんの好きなものを聞いたら、甘納豆だって言ってたから』「俺が、貰っても……いいのか?」
『うん。日番谷くんのために買ったんだもの。味はどうか知らないけど、ね?』

あっあと、遅れちゃったけど誕生日プレゼントも兼ねてるつもり。微苦笑してそれを渡す咲夏に、冬獅郎は顔を真っ赤にした。マフラーでそれを隠したかったが、じーっとこちらを気にしている咲夏を目の前にして、それはあからさま過ぎるような気がしてたので止めた。

(俺もなんか用意しときゃ良かった)

実は冬獅郎も、咲夏に何かクリスマスプレゼントを渡したいと思っていた。4日前の誕生日、ダメもとで一緒に学校へ行こうと誘ったら彼女は以外にもあっさりオーケーをくれた。急だからプレゼントがないと言われたが、冬獅郎にとって、その約束を受け入れてくれたことが何よりのプレゼントだった。
それからずっと悩んでいた。どうして約束に承諾してくれたのかさっぱりだったが、冬獅郎は何かお礼がしたいと思っていた。朝が苦手なのは中学のときから知っている。その頃から咲夏のことを見てきたのだから。自分から話しかけなければ、この距離は縮まることはないと分かっていたがどうしても行動に移せないでいた。それがたった数日で一気にこの状況まで進展したのだ。

「すげぇ嬉しい。ほんと有難う、」
『ううん。私こそ毎日迎えにきてくれてありがとうね……』


しかし冬獅郎は咲夏の欲しいものが何なのか。全く検討がつかなかった。咲夏だけでなく、女の欲しいものが分からないというのが正確だったが、冬獅郎にとってはどうでもいいことだった。乱菊や桃にでも尋ねてみようかと思ったが、あの二人にそんなことを聞けば冷かされるに決まってる。そしてきっと咲夏と自分をくっつけようと、色々な根回しをするだろうということも予想出来たため止めた。この恋はゆっくりでいいから、自分の力だけで成熟させたかった。






(渡嘉敷、)(なに?)(三学期もお前のとこに迎えに行ってもいいか)(うん)





2009/12/25