誕生日フリー小説





『うっわぁー!』


時刻は午前6時半。人々がまだ朝の静けさに身を委ねているころ、制服にマフラーとコートを着用した学生が感嘆の声を漏らしていた。この冬一番の冷え込みになるかもしれない。と、昨日のニュースでお気に入りのお姉さんが話してたため、出来る限りの防寒対策はしたつもりだった。普段は着ないダッフルコートを母親に無理をいって出してもらい、家の中で一番暖かいだろうと思われるマフラーを姉から拝借した。もちろん手が悴まない様に手袋もしている。

だけど――、


『さぶすぎるよ、これは』


ブルブルと体を震わせ、咲夏は両手を擦り合わせた。ふぅとゆっくりと吐いた息はすぐさま外気との差で、水蒸気は冷却され白い粒と化した。あんまり効果ないかも。とぼそっと呟いた。元々寒いのは別段好きというわけでもなかったが、苦手なわけではなかった。だが今朝のこの異常な寒さは当に咲夏の予想していた範疇を超えていた。

期末考査も無事終了し、今年も残すところあと数日となった。どうしてこんなにも早く家を出る気になったのか、実は咲夏自身もよく分からなかった。普段ならば、部活やその他の重大な用がないのに学校へ早く行くなど、出来たためしがなかった。何しろ咲夏は朝にものすごく弱いのだ。一時間目の授業はその気はないのに眠ってしまうことが度々あった。睡眠時間が少ないわけではないのだが、どうしても咲夏は朝が苦手だった。だから今朝、用もなく学校に行くのにきちんと体が起きたことが信じ難かった。

(なんで私こんな朝っぱらから、外にいるんだろう……?お母さんたち今頃起きたころかなぁ)


『ううっ。やっぱり家に戻ろっか』


せっかく家を出てきたのはいいものの、この寒さはその意欲を早急に奪っていった。このまま行けば、学校に7時頃には着いてしまう。そんな時間から教室で一人居るのも、なんだか空しい。それに太陽が出ればもう少しは暖かくなる。ここは一端戻ってから、学校へ向かったほうが――。そんな思いがちらちらと頭を横切る。

いや。でも私がこんなに早く起きられたのって、奇跡に近いことだし。だけど、意味分かんないくらい寒いし……!もうっ。いいや、帰っちゃえ!!寒さに勝るものはない!


「あれ、渡嘉敷?」


家に戻ろうと決心し、体の向きを変えようとしたところ、いきなり名を呼ばれた。さほど大きい声でもなかったのだが、冬の朝は声がよく響いた。その上、その声の主はまったく予期せぬ人物であった。
こちらに駆け寄ってくる音が聞こえると同時に、咲夏は振り返った。そこには制服にマフラーを巻いただけの薄着のクラスメートがいた。


「おぉ。やっぱり渡嘉敷じゃねぇか」
『日番谷くん……おはよ』
「あぁ、はよ。今日はえらく早いんだな」


うわッ。本当に日番谷くんだ――。中学のときも3年間ずっと同じクラスだったのに、一度もまともに喋ったことないんだよね。なんか……気まずいなぁ。だけど、周りに人も居ないし。ここで挨拶だけしてそのままっていうのも、なんだか可笑しいよね。

(にしても日番谷くん薄着だなぁ。絶対寒いの我慢してるよ)


『うん――。なんとなく、ね。早く目が覚めたの』
「ふーん」
『日番谷くんこそ、いつもこんなに早いの?』
「いや……そういう訳じゃねぇんだが」


少し困った顔をしてこちらを見る冬獅郎の反応を、咲夏はしまったと後悔した。触れられたくない部分だったのかもしれない。元々日番谷くんは人にああだこうだと散策されるのが好きなタイプではなかった。教室内ではいつも一人で本を読んでるか、難しそうな問題集を解いていた。彼に話しかけることの出来る人物は限られており、男子では一護や恋次、女子では乱菊や桃のみであった。

《近寄りがたい存在》

それが咲夏を含む、クラス内での冬獅郎の印象だった。


『あっ、ごめん。変なこと聞いちゃった。』


慌てて、前言撤回する咲夏を冬獅郎はくすりと笑った。理由の分からない咲夏は首を傾げるばかりだ。その様子に、冬獅郎はより一層笑みを零した。日番谷くんが笑うとこ、初めて見たかも……意外。いつも眉を寄せて難しそうな顔してるから、てっきり笑うことなんてないと思ってたのに。ちゃんと、笑うんだ。


「いやそういう訳じゃなくってよ。今日、実は俺の誕生日なんだ」
『!』
「それで松本たちが誕生日パーティー?みてぇなものをするって煩かったんだよ。でも俺はそういうの苦手だから――」
『そ、なんだ』


ごそっと咲夏は自分のポケットの中に手を入れた。当たり前だが、咲夏の期待しているようなものはない。あるのは家を出る直前に開封したカイロだけ。
最近ダイエットしようと思っておやつも持ってきてないんだよね……。日番谷くんがお菓子を貰って喜ぶとは思えないけど、今日が誕生日だって聞いちゃった手前《誕生日おめでとう》だけじゃあ物足りない気がする。松本さんたちはきっと盛大に日番谷くんを祝うんだろうし。

うーん……。と唸ってみても、無いものが出てくるはずがない。咲夏は観念して、口を開いた。


『えと。お誕生日おめでとう、日番谷くん』
「ん、サンキュー。いきなりこんな話しちまって悪かったな。迷惑だろ?」
『迷惑とかそんな!ただ、ちょっと何にもあげられるようなもの持ってなくって……。申し訳ないなぁと』


語尾を濁しながらそう言うと、冬獅郎はそんなこと気にするなと呟いた。咲夏に向けて発した言葉だったのだろうが、それはなぜか呟きに近かった。そんな様子を咲夏はやはり不思議に思った。
気にしてないのかな――?だけどなんかさっきから気まずい雰囲気が漂ってる気がするんだけど……。やっぱり、誕生日のことは触れない方が良かったのかな。だけど気にするなって言ってくれてるし。あ、でも普通はそう言うか。 

(何か気に障ること私した?)

結局そのことを聞けぬまま、気づけば学校の校門まで来ていた。二人以外の生徒はほぼ居ないに等しかったため、余計に自分たちが孤立しているように咲夏は思えた。やっぱし普段しゃべらない人と急にしゃべるのは難しい。


「渡嘉敷っ!」
『ぅうんッ!??』


いきなり大声を耳元で出されたため、声が裏返った。それが恥ずかしくってまともに日番谷くんの顔は見れなかったのだけど、日番谷くんの耳が真っ赤なことは分かった。耳はマフラーから出ているから、寒さのせいかもしれないけれど――。

(なんか、急に二人でいるのが恥ずかしくなってきたっ)


「あのよ……、もし良かったら」
『……』
「これから俺と一緒に学校行かねぇか?」
『!?』


一緒に学校って。わ、私が日番谷くんと??学校に?なんで、私なんかまともに喋った事もない人と一緒に?それって面倒なことじゃないの?それに日番谷くんて一人で居るほうがいいんじゃ……。ぐるぐるぐると頭が廻る。駄目だ。混乱してきた。

(それなのに、私は気づいた時にはなぜか首を縦に振っていた)

どうするつもりなんだろう。早起きなんて苦手なのに、本当に起きられるの……??今日、起きられたのだってまぐれみたいなものだし――。日番谷くんが迎えに来たって言うのに、まだ寝てるとかカッコ悪いところは見せたくない。だけど、なんとなくもうちょっと日番谷くんのことを知ってみたかった。






(明日からよろしくお願いします)(あぁ、7時半頃迎えに行く)



2009/12/21