30000hit企画フリリク・由衣様へ





俺の好きな人は俺のことを弟のようにしか思っていないらしい。俺の方が一つ年下といこともあるし、身長が低いのも原因のひとつだが……一番は本人の趣味ではないかと思う。


『冬獅郎、おまえは今日も相変わらず可愛いなぁ!』
「ちょっと先輩!頭撫でるの止めてくださいって何度言えば」
『いいじゃん。これくらいで悩みの身長が縮むことはないんだし』


可愛いと言われて喜ぶヤローなんていねぇし、オレは可愛くも小さくもない!これでも中学の時よか10pは伸びてるんだ……!渡嘉敷先輩は女にしては高い方に分類される165pで、俺が163pだから身長差はたったの2pだ。これはもうほぼ=(イコール)と考えて間違いない。≠(ノットイコール)てのは5p以上を指すんだ。以上証明終了。結論、オレは小さくない!


『なに独りでブツブツ呪文唱えてんの。2pはノットイコールに決まってるじゃない。20oもあるのよ?』
「呪文なんかじゃないです」
『結論!冬獅郎はあたしよりもちっちゃい』


初めて先輩に会ったのは一年前の部活帰りのこと。マネージャーが揃ってミーティングに参加してるのに、一人買出しで欠席している人物がいた。この時期はオレたち選手の面倒と新しく入ったマネージャーに仕事の指導をしたりで、二年三年の先輩たちは大忙しだ。そんな中だから、買出しが係りに人手を費やすわけにもいかず、その日渡嘉敷先輩は重い荷物をたった一人で抱えていた。

(あのー手伝いましょうか)
(は?あんたもしかしてサッカー部員だったりする?)
(まぁ。今月入った一年ですけど)
(お!ラッキー。じゃ、これとこれ持って)
(は……)
(あ。自己紹介まだだったね)
(え?)
(あたしの名前は渡嘉敷咲夏、二年!サッカー部のマネしてます。ヨロシクぅ!)


部活が終わりへとへとで帰路に着こうとしてたところ、両手いっぱいに荷物を下げて、反対方向に進む、同じ学校の女生徒に会った。別にそれがサッカー部のマネージャーで、オレたちのために必要なテーピングとかを買ってきてくれた人物だと知っていたわけではない。ただあまりにも華奢な体に不釣合いな、買い物袋に目を引かれただけ。ポンと手渡された袋の中身を見てから、もしかして、と思った。そしたら変な抑揚をつけた自己紹介をされるし、おまけに、可愛い可愛いと連呼されるわで、オレは瞬間でこの人物を危険者にリストアップした。


『あら……やだシロちゃん、もしかして拗ねちゃった?あは』
「拗ねてません」
『ふーん。入学した頃はもっと可愛げがあったのにねぇ。反抗期かしら。あーあ、お母さん泣いちゃうわ』


見え透いた泣きまねでオレにもたれ掛ってくる。この人は変態ちっくなトコロが多々あり、この無闇に《ボディータッチしたがる》もその中のひとつだ。筋肉のつき方が綺麗だとか、この胸板の厚さがサイコーとか、理解不能な感想を述べていく。特にオレがコンプレックスに思っている背丈に関しては異常なほど執着する。

(165cm以上になっちゃだめー!冬獅郎はちっちゃいの売りなんだから、そこんとこ勘違いしてほしくないね)

胸を張って勝手な自論を唱える渡嘉敷先輩には、ホンキで眩暈を覚えた。のちのち知ることになったのだが、小さくて毛の白いものに先輩は目がない。オレの姿を見たときに浮かんだ言葉は「うそん、めちゃ好み!」で、銀髪が地毛だと聞いてた後は「やばい、喰っちゃいたい」だったらしい。同輩に聞かされたとき、背筋にぞわりと何かが走ったのは言うまでもない。

ただマネージャーとしてはしっかりとオレたち選手をサポートしてくれる。身体の異変をいち早く察知して気遣ってくれたり、試合前に上がり症のやつには緊張を解すために話し相手になったりと、その働きぶりは一目瞭然。


「なぁ咲夏!ちょっとコイツの足診てくれ」
『えぇー!めんどーい。あたし今冬獅郎とスキンシップ中なんだけどぉ』
「あほ。冬獅郎はあからさまに嫌がってるじゃねぇか。あまり酷かったら病院に連れて行こうかと思ってるから」
『じゃあ保健室の卯ノ花先生に診てもらってよ。あたし素人ですから、ね、一護クン』
「屁理屈言う前にとりあえず、来てくれよ。頼むからさ」
『はいはい。仕方ないなぁー。あたしがオールマイティーな女でよかったね』


父親が医者を営んでいる渡嘉敷先輩は、幼い頃から生の医療現場が身近にあったためか軽い打撲程度ならわかるらしい。あれでも頭は抜群に良く、医学部を狙えるレベルにあるそうだ。いつ勉強してるのかサッパリだが、やはり真面目な気性の持ち主なんだと思う。日常生活からはその尻尾さえ伺えないがな。

まあ今までかなりの珍事件を経験してきたわけだが、どうにもオレは渡嘉敷先輩がすき……みたいだ。一緒に居ればクラスの女よりも数段楽しいなと感じるし、なにより先輩に会わない日があるとモチベーションがうまく上がらない。恋――と断言したくはなかったが、もう、なかったことにするには遅すぎる。受け入れるしかねぇよな。
でも渡嘉敷先輩のどこをオレは好いてるんだ?

(天真爛漫なトコロ)

うーん。あえて挙げるならそれくらいか。オレが全くもって欠落している部分だからな。たぶん、あの明るさに惹かれたんだろう。てかそこしか検討がつかない!


『ふーぅ疲れたあ。冬獅郎、あたしに抱かれなさい』
「先輩が言うとヘンな意味に聞こえるんで止めて貰えますか」
『ハイハイ。連れないなぁ、シロちゃんは。もぅ、ドケチ!』


怪我をした先輩は結局、病院に行くことになったようだ。グラウンドの端辺りで監督とキャプテンが話し合ってるのが見えた。悪いな、冬獅郎。口パクで黒崎先輩が詫びてきた。軽く頭を下げて返答し、後ろにへばりついている渡嘉敷先輩を剥がしたあとピッチに戻った。
黒崎先輩はオレが渡嘉敷先輩を好きなことを知らない。薄々同輩の数人には感ずかれているっぽいが、シラを切っている。あれだけ普段から嫌がってるふりしてるから今更って感じだ。そこはせめて男のメンツを保ちたい。大袈裟なものじゃないけれど、チビ扱いされているささやかな抵抗。


部活終了後、キャプテンの黒崎先輩が合宿日程表を配った。毎年サッカー部は夏休みを利用して恒例の夏合宿を行う。県北部の合宿所までバスで移動し、昼夜汗を流す。その間、他校と組まれる練習試合は熾烈化するレギュラー争いを勝ち取るために、監督へアピールする絶好の機会だ。もしもそこで活躍出来れば、次の大会に即起用。なんてのも夢じゃない。オレも二年で唯一レギュラーをはっているが、まだまだ危うい。この地位を確かなものにするためにも、やはりこの合宿は鍵を握るだろう。

一通り予定がびっしり詰まった日程表に目を通すと、オレは奥でユニフォームを洗ってる渡嘉敷先輩に視線を移した。三年生で受験を控えている先輩は、当然合宿は自由参加。黒崎先輩は県大会で負けたあとも引退せずに残っているが渡嘉敷先輩が必ずしもそうなるとは限らない。幾ら頭の良い先輩でも、受験まで半年を切っているのにマネージャーを続けていては負担になるに決まってる。

(先輩がマネ辞めたら会えなくなるよな……)

オレの視線に気づいたらしく、先輩はぶんぶんと右腕を振り回してくる。軽ーく手を上げるとニコリと笑みを浮かべてオレの名を呼んだ。キャプテンがミーティング中に邪魔すんな!と言い争いになっているのを遠くで眺める。オレの目下の気がかりはこの2人の微妙な関係。


「つーか話し掛けるなら、ユニフォーム洗い終わってからにしろよ。オマエ全然終わってないじゃん」
『だってメンドーなんだもん!こんな地味な作業やってらんないよ』
「雛森たちを少しは見習えよ。さっきから黙々と仕事こなしてくれてんぞ」
『ケッ。じゃあ一護もちょっとは手伝ってよ!自分で汚したもんくらい自分で洗いなさ〜い』
「あぁもう!解った解った。これ終わったら咲夏の言うとおり手伝うから。だから話の途中で脱線させないでくれよ」
『約束だからね』


腕を組んで仁王立ちした渡嘉敷先輩は鷹揚に微笑んだ。それからキャプテンの肩をポンと叩いて送り出した。なんだか恋人通しみたいな光景にショックを受ける。


渡嘉敷はオレや黒崎先輩などの例外を除く部員を苗字で呼び捨てにする。最高学年のためなんの問題もないが、やはりキャプテンが渡嘉敷先輩を《咲夏》と名前で呼ぶことには違和感を拭えない。出身中学もクラスも、ましてや親が医者なことまで共通点のある先輩たちは仲良くて当然かもしれない。だけど他の部員とは違うただならぬ雰囲気が醸し出されているように感じるのはオレだけか?いや。そんなことはい。

(なぁなあ渡嘉敷先輩とキャプテンてお似合いじゃね?なんだかんだ言って仲いいしよ。ぶっちゃけもう付き合ってたりして)
(えー?でもこの前キャプテンとオレンジ色の髪した巨乳女と並んで歩いてるとこ見たやつがいるらしいぜ)
(それに渡嘉敷先輩、自分で「あたしは高身長で年上がタイプなの!」って言ってたぞ。キャプテン確かに背は高いけど、渡嘉敷先輩と同い年じゃん)

二人の噂は嫌でもよく耳に入ってくる。実は付き合っている。とかは週に一度くらいの頻度で。むろん傍聴者のオレはいい気はしない。渡嘉敷先輩のタイプが年上なのはオレも本人から聞いたことがあるから事実だ。身長はまだ将来に見込みがあるとしても、歳はどう足掻いたって無理じゃねぇか……!と落ち込んだのはつい最近のこと。タイムリーな話だ。


『あ!ねぇ冬獅郎は白とピンクどっちが好き?』
「何がッスか」
『勿論あたしが合宿で新調するビーキーニッ!』
「……は!?」
『乱菊とさあ、安かったから勢い余って気に入ったやつ二着とも買っちゃったんだけどね。どっちを先に着るか迷っちゃって』
「そんなもん、自分で決めて下さいよ。つーか結果的に両方着るんだったらどっちでも一緒でしょ」
『んーー、じゃあシロちゃんになぞらえて白い方先に着よっと』
「そうッスか」


合宿所から徒歩15分のところに泳げるくらいの川がある。限られた自由時間をそれに費やす部員も少なくはない。去年も渡嘉敷先輩は、暇があれば川へ遊びに行っていたものだ。強制連行されたオレは危うく溺れかけた。まぁとりあえず先輩は今年も合宿に参加するらしい。それが確認できたのはラッキーだ。

(でもどんな水着着るつもりなんだ?)
乱菊というのはバスケ部のマネージャーをしている三年で、やたらと露出したがる変な女のことだ。オレは同中出身というだけで無駄に絡まれる。その上オレが渡嘉敷先輩の後輩だと知れば、それが酷くなった。
松本と、先輩なんて意地でも呼ぶもんか、一緒ってことは、露出の高い買い物であることを意味する。水着なんて露出度がただでさえ高いっていうのに、どうするつもりなのだろうか……?


『う〜みは広いーな、おおき〜いなぁ♪♪』


機嫌よく音程が迷子の、俗にいう音痴な歌をそのあと延々と聴かされた。正確に言えば《川は》だと思うのだが、そんなことを先輩に求めたって仕方がない。せっせとユニフォームを洗濯しているキャプテンの後姿が哀れにみえたオレは、無言のまま黒崎先輩の手伝いをした。悪いな……、という礼には一言、いえ、とだけ応えておいた。




月日はあっという間に過ぎていき、もう合宿の日だ。オレは先輩が合宿のあともマネージャーを続けるかどうか、テスト期間が終わった久しぶりの練習の時にそれとなく聞いてみた。「あたしがいないとシロちゃんは淋しいの〜?」とうまい具合にはぐらかされたため、未だわからぬまま。まったく、いっこうに本懐が掴めない人物だ。渡嘉敷先輩はへらへらしているが、一度バリバリと皮を剥がせば、そこには洞察力に優れた鋭い眼力が現れる。むろん、とっくに気づいていた。

(そこに惚れてんのかな)

天真爛漫、和気藹々とした雰囲気を常に纏っている先輩にも惹かれているが……最近はその隠れた素顔が好きなのかもしれないと思うようになった。まあ決して気軽にお目にかかれる代物じゃないけど。


『冬獅郎!バスの席、あたしの隣においでよォ』
「すでに座席決まってるんで無理です。てか、寝不足なんでバスん中では眠るつもりなんで、邪魔されたくないんスけど」
『あ、ひっどーい!!あたしを邪魔者扱いして!シロちゃんが望むなら膝枕だってホッペにちゅっだってしてあげるのになぁ』
「遠慮しときます」
『ちぇ。最近冬獅郎ノリ悪くなった』


冗談でそんなことされたら、たまったもんじゃない。そういうのは、好きなもん同士でするのがフツーだろ。オレは生半可な気持ちでして欲しくない。――とか、カッコつけてると一生機会に恵まれそうにないがな。ハァ……そろそろ本気でモーションかけないと、渡嘉敷先輩が卒業してから後悔することになる。だからといってうまい策があるわけでもないんだよな。これがまた。

デコボコと凹凸の激しい山道を走るバスの中で、ふとそんなことを思った。