30000hit企画フリリク・唯様へ






「それじゃあ、来週の月曜日までに志望校を決めて提出すること。いいな?」


教室が一瞬にしてざわめいた。


(ねぇ、どこの学校受ける?わたし勉強しないで行けるところがいいなー)
(俺は兄貴と同じ学校に行きてぇな)
(うーん……あたしは一番近くの学校かな。でもあの学校の制服も捨てがたいかも!)

そろそろ自分たちも高校受験について真剣に考えなければならない時期になった。しかし、それをそう簡単に受け入れられるほど大人ではない――。
子供といわれればそうではないと反論し、大人かと言われれば口ごもる。生憎自立するような能力は持ち合わせていないのだ。

中途半端な時期、といえばいいのだろうか

高校生のように将来に切羽詰まっている訳でもない。しかし、良い高校行けば将来良い職にありつける可能性が高いのも確か……。


「ねぇ、咲夏はどこの学校に行きたい?」
『うーん……。あたしは別にどこでもいいかなぁ?』
「そうよねぇあたしも正直、受かりさえすればどこでもいいわ」
『う、ん――』


だるそうに先程配られた進路調査表を見て深く溜息を吐く乱菊の話を、苦笑いしながら咲夏は適当に相槌を打ちして聞いていた。しかし咲夏の様子はいつもとは違い明らかに違った……心ここにあらずといったところか。

(また――日番谷くん来てないんだ)


「でさ!そしたら、ギンはなんて言ったと思う!?」
『ふーん……そうなんだ』
「ちょっと、咲夏。ちゃんとあたしの話聞いてる?」
『う、うん。それで市丸くんはなんて?』


そっと……誰にも気づかれないように、咲夏は教室の一番端の席に視線をやった。

(今頃、何してるんだろう?)

そんな思いを抱きながら、咲夏はポカンと空いている冬獅郎の席を意味ありげに眺めた。あたしもそろそろちゃんと進路について考えなきゃいけないよね。


『ハァ……』


乱菊とは、また別の意味で溜息が出た。あたしこのままじゃ日番谷くんにお礼も言えないまま卒業することになっちゃうよ。ちゃんと《あの時は助けてくれてありがとう》って言いたいのに。


(おいおい、屋上でタバコの跡がみつかったって!)
(どーせ日番谷だろ、それやったの)
(南高の不良グループに喧嘩を売って、全員病院送りにしたんだって)
(えぇー!この前は北高の人達じゃなかったっけ?)
(タバコだけじゃなくって酒まであったらしいぞ)


同じクラスの日番谷冬獅郎くん……学校一の不良と言われていて正直良くない噂も多く、こんな話は日常茶飯事。学校で禁止されていることが見つかれば、証拠がなくとも全て日番谷くんがやったことにする。うちの学校の人はずるい。日番谷くんが学校に来ることなんてほとんどなくって――。

昨日だって何処かの中学校の生徒と喧嘩しているところを見かけた・っていう人がいたのに、今日学校に来てみれば、日番谷くんは昨日屋上でタバコをしていたってことになっている。
昨日喧嘩してたのなら、日番谷くんが学校に来てるわけないじゃん。日番谷くんは、そこまでして学校に来たがらないことを分かっているくせに、わざとその矛盾に気づかないふりをして彼に罪をなすり付ける。


でも正面切ってそんなことをこの人達に言う資格はあたしに――ない。だって、ついこの間まであたしもこの人達と同じように日番谷くんのことを誤解していたから。






−中3春−



『ちょっといい加減にしてください……腕、放して!!』
「ちょっとくらい良いじゃん。それより、キミ中学生だよね。こんな時間まで塾でお勉強?えらいねー。おじさんの時とえらい違いだよ」
『いや、痛い!お願い……っ。放して』


その日。あたしはいつも通りに中3になってから通い始めた塾を、10時に出て家へ帰ろうとしていた。
その頃のあたしは面倒臭いという理由で母親から持っていろと言われた防犯ブザーなんてものは持っていなかったし、まさか自分がそんなものを使うよな危険目に遭うわけないと高を括っていた。


「ねぇ、」


駅の改札をでて小道に入ってすぐのところで、中年のおじさん達に絡まれた。声をかけられてすぐに逃げなきゃと本能的に思った。あたしの体を舐め回すような厭らしい視線……そんな視線にさらされた経験のないあたしの体に恐怖が支配するのに時間はかからなかった。

ガタガタと自分の足が震える。捕まれた腕から全身へと嫌悪感が湧いてくる。きもちわるいっ。どんどん迫ってくる手から逃れたいのに、後ろは壁でもう逃げる場所はない。

(誰か……っ、たすけて!)

声にならない叫びが脳を駆け回った。制服のリボンとするっと抜かれる。ヤめて……やめて、お願い。触らないでっ。もう駄目かもしれない。諦めかけたその時だった。


「おっさん。そこ、邪魔なんだけど」


次の瞬間、目の前にいたおじさんの姿が見えなくなった。涙が邪魔してはっきりとは見えないけれど、あたしの周りの圧迫感は数秒後には消えていた。なに?一体何が起こって……。


「あんた、こんな時間でひとりでいると危ねーだろ」


腰が抜けて座り込んでいるあたしの腕をとり、その人は体を引き上げてくれた。不思議とさっきのおじさん達に触られた時の嫌悪感はなかった。只でさえ夜で辺りが暗いというのに、ここには電灯が一つもなく助けてくれた人の顔は分からない……。


「ほら、今度から親にでも駅まで迎えに来てもらえ」


だけど、
その最後の言葉が発された瞬間に月明かりでうっすらと見えた銀色の髪と着崩された学ラン。この人、もしかして――。ぞくり。さっきとは違う恐怖がまた湧き上がってきた。

(この人……ひつがや、とうしろう、だ)

自分の目を疑いたくなった。だって、あり得ない。《あの》日番谷くんが、人を助けるなんてこと!でも、あたしを助けてくれた彼の腕はとても暖かくって……噂からでは絶対に想像できないくらい優しかった。


「じゃあな。変な奴に捕まんねーように気ぃつけて帰れよ」
『待っ……』


せめて一言だけでも、助けてくれたことに対してお礼を言いたかった。《助けてくれて、ありがとう》と。だけどあんな事が起こったあとで、頭と同じように体も上手くまわらなくて。気づくと彼はあたしの視界から消えていた。風のように去って行ってしまった――。

(残ったのはわずかな温もりと大きな疑問)







あれから同じクラスの日番谷くんに声をかけるチャンスは、彼が学校にほとんど来ないため決して多くはないがあった。流れている噂も、よくよく聞いてみるとなにか理由があってしているのも分かった……。

「ぼくこの前、他校の人に絡まれちゃったところを日番谷さんに助けて貰ったんですよ、咲夏さん!」

委員会で一緒の山田くんが嬉しそうにそうに話してくれたのは今でも鮮明に覚えている。だって嬉しかったから。やっぱり日番谷くんは悪い人じゃないんだって、勘違いじゃないって確信がもてたから。それから、あたしも日番谷くんに助けて貰ったことがあると告白すると、山田くんは《日番谷さんってやっぱり優しい人ですよね》と言っていた。




あたしが日番谷くんの本当の姿を知ってからはや半年。学校ではもう受験シーズンに入っていた。あたしには正直これといって行きたい学校はない。別にどこの学校でもいいし、乱菊と一緒で正直受ければどこでもいいというのが本音。

でも――だけどっ、日番谷くんとは高校でも同じ教室にいたい。そんな思いが最近日に日に増しているように思える。


『第一志望校……日番谷くんと同じ学校』


なんて、ね。自分で書いて何だけど酷く笑えた。こんなの担任に提出したらどうなるか。だいたい日番谷くんがどこの学校に行くのか全く見当もつかなかったし、彼なら高校に行かない可能性だって十分にある。

分かっていながらも、あたしはその夜なぜかその言葉を消せないままベットに入った。消しちゃえば、もう二度と会えなっちゃうと思ったの……。






「昨日の進路調査表、書けたやつは持ってこい。提出期限までまだ少しあるからお家の人と相談してからにしろよ」


今日は珍しく日番谷くんも二週間ぶりに出席していて、欠席者はいなかった。ぞろぞろと、クラスで賢いと言われている子達が次々と担任に提出していく。やっぱり、こういう子達は自分の行きたい学校とかもしっかりと決まっているんだろうなぁと暢気なことを考えていると、隣の席の学年で一番賢いといわれている上里くんが声をかけてきた。


「なぁ、お前どこの学校行くんだよ」
『……?』


あたしとは無縁の上里くんがこんな質問をする意図が掴めなかった。あたしがその学校を志望しようが上里くんには月とすっぽんくらい関係のないこと。第一、いつも人を見下したようにする態度があたしは前々から苦手だった。あたしはお世辞でも賢いとは言えなかったから。


『上里くんには関係ないよ』
「……っ!」


その言葉が癪に障ったのか、上里くんはあたしの手元にある進路表を勝手にひったくろうとした。そんなに成績の言い訳でもないあたしみたいな人は普段なら、多少見られても構わないのだけど今回は違う……!あれには日番谷くんの名前が入っている。提出期限までまだあるから、と思って消さなかった彼の名前がまだある。


『止めて!』


それがいけなかった。あたしの反応は上里くんの好奇心を鎮めるどころか、火に油を注いでしまったらしい。その証拠に、いつも余裕綽々としている態度が一変して荒々しくなっていた。

シュッ


『痛!』


髪との摩擦で指が切れたようで、じわりと血が滲んできた。その隙に上里くんは進路表をあたしから奪い取った。

(止めて……!ここには日番谷くんもいるのにっ)

だけどそんなあたしの願いが通じるはずもなく、上里くんは不敵に笑いながらあろうことか大声でそれを朗読しだした。


「おいおい、こいつの進路表見てみろよ」
『ちょっと、上里くん!』
「第一志望校が《日番谷くんと同じ学校》だぜ?頭おかしいんじゃねぇの」


耳を塞ぎたくなった。クラス中の視線があたしに集まる。もちろん日番谷くんの視線も――。やめて、みないで、お願いっ。

(だれか……たすけて)


「上里!あんた、それプライバシーの侵害でしょっ。さっきからずっと咲夏の嫌がること平気でして!!」
「はぁ?なにがプライバシーの侵害だ。松本、お前みたいな馬鹿が使っていい言葉じゃねぇよ」
『らんぎく……うぇッ』


真っ先に駆け付けてくれたのは、やっぱり乱菊だった。あたしの代わりになって上里くんに文句を言ってくれる。――だけど、周りからひそひそと聞こえてくる声にあたしの涙は一向に止まりそうにない。


「あんたってつくづくサイテーな野郎ね。女の子をこんなに泣かせて……只で済むと思ってるの??!」
「はっ。俺が泣かせた?冗談も休み休みにしろよ。こいつが勝手に泣いてるだけだろ!」
「なんですってッー!」

「松本、止めとけ。こんな馬鹿に何言っても変わんねーぜ」



乱菊が上里くんに飛びかかろうとした手を、誰かが止めた……。それとほぼ同時に、経験したことのある温もりがあたしを包んだ。顔を見なくても分かった。これはきっと

(日番谷くん、だ――)

日番谷くん身を任せ、恐る恐る上里くんの方へ顔を向けた。予想以上に上里くんの形相は酷く……相当腹を立てているのだと、容易に理解できた。


「誰が、馬鹿だって?この不良が!」
「お前頭が悪いだけじゃなくって、耳まで悪いのかよ?」
「っんだと!」
「お前も可哀想な奴だよなぁ…あんだけ必死扱いて勉強してるってのに、一度も学年一番をとったことねぇもんな」
「ッ!?」
「そのせいでイライラして酒やタバコにまで手をだして」


(えッ?上里って学年一番じゃなかったの?)
(あいつ何時も自分で、今回も一番だったって自慢してたよな?)
(タバコしてたのって日番谷じゃなくって上里だったの?)
(でもなんでそのことを日番谷が知ってるんだよ。おかしくねぇか?)

わざと聞こえやすいように、クラスのみんなが上里くんに対する疑問を発する。徐々に悪くなっていく上里くんの立場……。顔からは見たこともない量の汗が噴き出していた。でも……確かになんで日番谷くんがそんなことを?


「クック。まさかお前が3年間どれだけ頑張っても抜けなかったヤツが《俺》だとは思ってもいないだろ?」
「なん、だと……!」
(うそ――)
「全科目95点以上とっても、俺には勝てねーから当たり前だけどな」


「どういう意味だ……っ」
「俺、テストで満点以外とったことねぇから」


シーンと教室が静まりかえった。まさか、上里くんよりも日番谷くんの方が賢いなんて思っても見なくて……。だけど上里くんは今にも足下から崩れ落ちそうなくらい動揺していて、日番谷くんの言ってることが本当なんだと信じざるを得ない状況になっていた。

(さっきまでと立場が完璧に逆転)


「じゃっ、松本。ちょっとこいつ借りてくから」
『えッ??日番谷くん、今から授業!』


ばたばたと暴れるあたしを担いで、日番谷くんは教室の外に出た。自然とあたしの涙は止まっていて――変わりに自分でも分からないほどの恥ずかしさが残っていた。





完全犯罪でキミを盗む

(今年の春。あたしは日番谷くんと同じ学校に入学します)










*あとがき*
唯様、遅くなってしまってすいません(汗)切甘ということだったのですが……なんか切なさの種類が違う気がする(>*<;)甘い部分とかほぼ皆無だし。しかも終わり方ちょー微妙。苦情+返品は全然OKなので気軽に言って下さいね。ちょっと裏話を言いますと、上里くんはヒロインちゃんの事がスキだったのです(゚゚*)だけど、進路表にああいう風に書かれていて頭に血が上ったんだと。うっ。すいません、こんな話したって感動もなにもありませんよね(-公-;)唯様が満足してくだされば、嬉しい限りです!

お題サイト様→narcolepsy
2009/10/12