鼻歌を歌いながら、両手に抱えきれんばかりの洋服を、ジャージ姿の咲夏は持っていた。色々と服の組み合わせを変え、鏡で確認してみる。ヒラヒラと体の前に持っていった服が揺れた。
ん?と首を傾げる。自分の部屋は今閉め切っている。当然窓も閉めているわけだから、このように風が吹くことはない。
「何やってんだ咲夏」 『――レディの部屋に無断で入ってくる輩に言われたくはないよ、冬獅郎』
咲夏は鏡の隅に映る幼なじみに冷たい返事をした。毎回毎回、年頃の娘の部屋に何の疑いもなく家に上げる親も親だが、冬獅郎も冬獅郎だ。もう咲夏たちは高校生だ。部屋に来るのは構わないが、ノックの一つや二つあってもいい。
そそくさとベッドの上で、持参した雑誌を広げる冬獅郎に咲夏は聞いた。
『こっちとそっち、どっちの方が似合ってると思う?』 「俺には言われたくなかったんじゃねぇのかよ」 『ムっ。意地悪しなくなっていいじゃない』 「へぃへぃ」 『で、どっち?』
ずんとベッドに咲夏が身を乗り出すと、冬獅郎はようやく雑誌から顔を上げた。あからさまに面倒くさそうな顔して、咲夏が示した洋服に視線を移す。
どっちでもンな大差ねぇ。と一言口にした後、また雑誌を読み始めた。そんな冬獅郎の行動にムカついた咲夏は、上から勢いよくそれを抜き取った。
『真剣に考えてよ!あたし明日着ていかなきゃいけないんだからね』 「明日だと?」
そこで初めて冬獅郎は顔だけでなく、体を起こした。 考え込むように腕を組み、じろじろと咲夏の顔を見る。そんな様子を怪訝な表情で咲夏は見つめ返した。
なに?あたしの顔になんか付いてる?
「オマエ明日そんな小綺麗な洋服着ていくって何処に行くつもりなんだよ」 『バスケの試合』 「はぁ!?」 『クラスの男の子に誘われたの』 「行くって返事したのかよ」 『まぁね。だって別に予定なかったし』
Vサインを作って得意げに微笑む咲夏を冬獅郎は睨みを利かせた。ん?と疑問符を頭の上に浮かせ、首を傾げる。冬獅郎の機嫌を損ねた理由が分からないのだ。軽いあしらいなどのつまらないことで怒るような、気の小さい人物ではないのは昔から知っている。
「昨日のメール見なかったのか」 『メール?そんなの有ったっけ……あ!そだ、あたし昨日から充電しっぱなしだった』
机の上の充電器からケータイを取り外して、電源をオンにする。新着メール3件。その内の一通、冬獅郎からのメールを咲夏は急いで開いた。
――――――――――――――― Subject (non title) ――――――――――――――― 明後日試合で、レギュラー 取ったから。絶対見に来い ―――――――――――――――
昨日の明後日ってことは、今日の明日……。あれ。明日じゃん!無理無理無理。明日は修兵と約束しちゃったもん。流石にドタキャンはまずいよ。
『冬獅郎、分かってると思うけど無理だからね!』 「はぁ!?せっかく一年で一人だけのレギュラー取ったっていうのに、なんだよ」 『仕方ないでしょ!!先に約束しちゃってるんだから』 「バスケなんかよりもサッカーの方が面白い」
また無茶苦茶な。確かに一年生でレギュラー取ったってすごいことだと思うけど、言うの遅すぎ!修兵なんて、一カ月前から応援に来てくれって言ってたよ!?前々日って、そんな急に予定が合うわけないじゃん……!!
ハァと深いため息を吐いた。
「昔約束したろ。俺の出る試合は全部見に来るって」 『したけど、今回ばかりは無理。連絡すんの遅すぎだから!』「年から年中ジャージ姿で咲夏は暇人だろ。よりによって何で明日なんだよ」 『知らない。修兵にでも聞いて』
修兵の試合は午後からだった……冬獅郎は多分午前中。もしかしたら間にあうかも?いや、ってか別にあたしそんなに頑張らなくても……ねぇ。元凶は冬獅郎の連絡が遅いのが悪いんだから。その上あたしを暇人呼ばわりして。
『あたし冬獅郎の方へは行けないからね!』
《行かない》んじゃなくて、《行けない》の。ちゃんと、行く意思はある。予定が合わないだけ。 そしたら今までに見たことないくらい冬獅郎はむっと頬を膨らまして、近づいてきた。
(分かったか。明日絶対に来いよ)(……)(来いよ!)(――うん、)
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