俺の幼馴染はとにかく男っぽい。男っぽいということは、つまりそいつは女なんだが、常日頃意識して行動を観察しても女の《お》の字も感じられない。一人称は出会ったときから『オレ』だし、スカートなのに平気で足開くし、毎朝寝癖はつきまくってるし。だらしない。乱雑。無駄に喧嘩早い――と、短所を列挙していては正直キリがない。ヤワな男を嫌う、酒屋の娘。それが俺の幼馴染である渡嘉敷咲夏。

ただ人には好かれるほうだ。特に女には。後輩からは咲ちゃん先輩などと親しみを込めて呼ばれている。体育の授業中では窓から手を振られているのもしばしば。


「咲ちゃん先輩!今日もかっこいいでーす!」
「きゃあぁああ。こっち向いてくれた!」

4階からでも聞こえてくる歓声にあいつはオォ!サンキューと右手をあげる。男前。バレンタインのチョコも、基本割らす側ではなく貰う専門。今では俺の方が多いが昔はあいつの方が多いこともあった。ホワイトデーには俺と一緒にお返しを買いに行くのが毎年の恒例行事。もちろん咲夏からチョコを貰ったことは無い。

(男として認識されてないんだよなぁ)

黙っていれば、母親譲りの端麗な目鼻立ちが活かされかなり美人なのに。ひとつ口を開けば、言葉遣いの悪さが露見してしまうため恋愛対象外に位置付けられることがほとんどだ。というか俺は今まで咲夏が男に告白された現場を見たことが無い。女にはしょっちゅうされているが。



いつから咲夏のことを好きだと自覚したのかと聞かれれば、多分……小学校中学年のときくらいだろうか。多分初めて会った時からコイツとは馬が合うだろうな予感はしていて、それは年齢を重ねるにつれ見事的中していった。好きなアーティストや服装が一致。サイズが合ううちはよく服の貸し借りをしたもんだ。今は俺の方が当たり前だけど、大きいから小さくなったやつを時々やったりする。同い年の雛森さんとかは、もっと女らしい恰好をしてるっていうのに。どうしてこうまでも、差が出てくるのか。不思議なもんだ。


「ざースッ」
「冬獅郎、どうしたんだ?咲夏のやつはもう行っちまったぞ」
「え、マジっすか……?」
「桃って子と一緒に待ち合わせしてるって確か言ってたな。お前も約束してたのか?」
「いや。してないッスけど」


俺があまり態度に出さないのに原因があるのか、咲夏は一向に俺の気持ちに気づく気配はない。そのせいで今日のように朝迎えに行っても、勝手に行かれることが、多々ある。約束してないんだから咲夏に非は無い。だが、今更この年になって大した理由もなく朝を誘うのは、かなり抵抗がある。たまたま会ったから一緒に行こうぜ。的な体裁を整えておきたい。

ぐだぐたと考えても時間の無駄なので、親父さんに貰ったカルピスの缶を持って通学路に戻った。ちなみにカルピスは咲夏の大好物だ。夏休みは下手すれば一日中のみ続けている。ファンの子たちの間では外見とのギャップで話題になってるらしい。


学校へ着いてからまず俺は部室へ向かった。今は夏だ。常温で放置しておけば生ぬるくなってしまう。冷蔵庫で冷やさねぇとな。私用で使うの禁止だがたかが数時間だ。問題ないだろう。昼休みにでも咲夏んとこ持っていってやろう。


「あ……」


くるっと缶を回転させると凹んでることに気づいた。なるほど。商品に出来なくなったから気前よくただでくれたのか。自分の分としてもらったコーヒーの方は綺麗だったが、咲夏用のカルピスの方は僅かだが凹凸が見られた。

(あいつがそんなこと気にする訳ないけど)

クラスの違う咲夏のとこに行くのはやはり何らかの用事が必要。違うクラスのやつが行くと意外と目立つからな。でも今日はアイツにカルピスを渡すっていう用事ができた。堂々と会いに行ける――。それからの数時間、綻んだ口元を正すのに俺は必死だった。







「あ、来た来た!日番谷くん」


咲夏のクラスへ顔を出すと、お決まりのように雛森さんが俺に気づいた。当の咲夏は机に突っ伏してなにやら項垂れていた。露になった首筋に冷えたカルピスを乗せてみた。びくっとする反応が面白い。後ろへ向いたアイツは鋭い目で俺を睨みつけてくる。それがまたおかしくって思わず声を上げて笑ってしまう。

差し入れだと言ってこのカルピスをやれば、たちまち機嫌は修復される。単純明確。物で釣られてんじゃねぇよ、バカ。


『おい、これウチの店のじゃねぇのかよ』
「さっすが!やっぱ分かるのか。今朝学校行く途中に寄ったらくれたんだよ、お前の親父さんが」
『はぁ!?何でオレにはくれなくて冬獅郎にはやるんだよ。意味わかんねぇ』


そのバカでも、缶が不良品であることに気づいたようだ。逆に自分の店が仕入れたものが区別できないのも問題かもな。
何で今朝寄ったんだ?とは問われなかった。興味が無いのか。はたまた、俺が自分の家に行くのが不自然に思わないのか。とりあえず俺の存在は眼中にないらしかった。

(ほんと鈍い)

雛森さんに咲夏を頼んで俺は教室を後にした。これ以上用もないし、長居しすぎれば変な噂がたつ。咲ちゃんセンパーイというファンの子達の声も聞こえてきた。相変わらずあいつは人気者だ。昼飯はもう食ったし、時間はまだ20分くらいあるし。黒崎たちに呼ばれていたサッカーにでも混ざるか。


それから10分くらい経った頃だろうか。見込み通り校庭でサッカーをしていた黒崎たちと一緒にゲームをして、俺がシュート一本を決めたあと。日番谷先輩!!と大声で俺を呼ぶ声が聞こえた。よく顔を確認してみれば、咲夏を慕っている自称ファンクラブ会長の三原さんたちじゃねぇか。普段は俺がアイツに近づきすぎだとか、文句を言ってくるくせに。何の用だよ?


「咲ちゃん先輩が教室で、男子と喧嘩して……!それで」
「あいつまた喧嘩してんのかよ」
「サッカーなんか後にして、咲ちゃん先輩を止めてください!」


俺のワイシャツを破れんばかりに引っ張って、俺の状況に目もくれず、その子達は必死に訴えた。綺麗な咲ちゃん先輩の顔に傷でもついたらどうしてくれるんですか!黒崎に行ってやれば?と促され、楽しんでいたサッカーを中断し、アイツのとこへ向かった。俺が向かったところで事体が終息するわけでもないと思うんだが…。

荒い息のまま教室へ入ると、ひと悶着あった後なのか咲夏はさっきと同じように机にひじを突いて弁当を食っていた。隣の雛森さんはホッと愁眉を開いた様子だ。本人に聞いても口を割らないだろうと踏んで、元から雛森さんに向けて問いかけてみた。

(マジで喧嘩してたのかよ)


「日番谷くん!それ本当のことなの!あたしがね、咲夏ちゃんの……」


否定の言葉を述べた咲夏に、雛森さんは大きく首を横に振る。それから喧嘩の経緯をたどたどしげに話してくれた。どうやら口喧嘩だけで済んだらしい。が、

――口論の原因は咲夏の胸って、どういうことだよ!?そこ!かなりムカつく。


ようやく咲夏の俺を見たときのバツの悪そうな顔をした理由がわかった。アイツは男扱いされるのには慣れているが、女扱いされるのには慣れていない。体の……それも胸のことになってくれば咲夏にとっては触れて欲しくないタブーに近い。態度は男っぽいが、体はやはり女らしさを滲ませている。おそらく雛森さんが話を振ったんだろう。彼女が何度も咲夏に謝っている姿からそれが読み取れる。
(なるほど、な)

おおまかな説明を受けた後、俺は杉原とか云うやつらを思っ切り睨んだ。これでもかっていうほど睨みつけてから咲夏の体を引っ張ってそいつらの方へ足を運ぶ。俺のただならぬ威圧感に、たじたじと杉原たちは体を引いた。腰抜けめ。珍しく大人しくしている咲夏を確認すると、俺は怒気を含んだ声を発した。


「確かにな、咲夏は性格も男っぽいし、がさつだし、女とは思えないけどなぁ」

(ここははっきりとさせねぇとな)

「俺にとちゃあれっきとした女なんだ。今後一切、咲夏にちょっかい掛けんじゃねぇぞ」


周りが――特に咲夏のファンのやつらが、どういうこと!?と不満をぶちまけてきたが、そんなことお構いなし。前々から言いたかったのだが、お前らより俺の方が咲夏といる期間長ぇんだよ。一方の咲夏はと、言えば最初から俺の言葉を信じていないようで。杉原たちのアホ面ににやにやしている。

(なんでオマエには通じないんだよ)

確かに今まで女扱いしたことなかったから、いきなり言われても。って感じあのかもしれねぇけど。ほんの1%でもそういう思考に至らないのか。鈍感さに溜息がでる。


「咲夏、さっき俺の言ったことマジだからな」
『んー?なにが?』


ケラケラと声を上げて笑っている咲夏の肩に触れてみた。俺の方が背が高いから気持ち、体勢は前かがみ。初めて行った幼馴染らしからぬ行為に、俺の意思に反して心拍数は鰻登り。あれ、こんなハズじゃ……なかったのに。周りが真っ白に見える。ヤバイ。俺、相当変な面してる。


「だから、俺は咲夏に惚れてんだよ」







(でもこの気持ちは確かだから)(伝えておきたい)





*あとがき*
遼季様、お待たせしてすいません!学パロの甘甘ということでしたが…どうでしょうか(汗)すいません、ホントはもの凄く可愛らしいヒロインちゃんにしようと思っていたのです。いつのまにこんな口が悪くなったのかしら????笑。実は関西弁にもしようかと思ったのですが、さすがにヤバイと思ってやめました。初めて一人称が「わたし」でも「あたし」でもないヒロインを書いてしまいましたが、結構気に入ってます。ですが比較すると、なんだか日番谷くんの方が女々しk(殴)いえいえ、口が滑りました。このヒロインが特別男っぽいだけです(爆)
苦情はもちろん受け付けるので気軽におっしゃって下さいね(><)


お題サイト様→narcolepsy
2010/04/02