『日番谷くん、なんか、すみませんですね。こんな時間まで付き合わせて』
「構わねえさ。ほら、手ぇ貸せ。送ってく」
『……本当に、いつも、ありがとうございます。あと、ごめん、なさい』
「ん?なんだよ急に。変な奴」


ぶっきらぼうに発言しつつも、彼はいつものように、わたしと手を繋いでくれた。五本の指を絡めて握りしめる。なんてことはない。他のひと達にとっては特別な行為でも、わたし達にとっては至って普通の行為。たとえそれが愛を囁き合った恋人同士でなくとも……ね。リンリンリン。クリスマスイブということもあって、街はとても賑やかだ。そして今年は、あのお髭を生やしたおじいさんからのプレゼントなのか、この地域には珍しい雪がちらほらと降り始めていた。マフラーで口元を隠すわたしの、半歩先を歩く彼の背中はすごく頼もしい。でも、わたしはきっと、日番谷くんと付き合うのは無理、なんだと思う。恋人よりも心地の良い、家族のような関係が、わたしは、たぶん、好きなのだ。抱きしめてと頼めば、それに応じて、わたしを逞しい腕で暖かくしてくれる。その空間がわたしはすごく好きだ。生まれたときの、母親に抱かれているような、そんな感覚。とても安心できて、そして、離れがたくなる。ただ。優しすぎる彼のそばにいるのが、汚れた思考しか持たないわたしにとって、想像以上にきつかったりするのだ。眩しすぎる。わたしは厭らしくて姑息で嫉妬深くて、日番谷くんとは正反対。自分が汚れているのが、彼の隣だとよく実感できた。それが、わたしは、嫌なのだ。申し訳なくて堪らない。あなたは本当はわたしなどに構うべきひとじゃないのに、どうしてわたしにこうまで良くしてくれるのか。なんて聞いたら、きっと日番谷くんは怒るんだろうね。だから云わない。わたしは誰かに怒られるのが苦手だ。特に日番谷くんには。彼はわたしのことを想って、ときどきわたしを叱るのだけど、それは結構堪える。どれほど、ごめんなさい、を重ねても足りない。わたしの発言は陳腐だから、何を言っても言い訳がましく聞こえる。本当に、ごめんなさい、日番谷くん、わたしなんかで。わたしなんかを大事に扱ってくれて、ごめんなさい。


『ねっ、ぎゅっ、して?』
「はぁ……はいはい。渡嘉敷はほんと甘えんのが好きだな」
『日番谷くんにだけじゃんか』


コートの裾を引っ張ってせがんだ。ぎゅっと抱きしめて、と。一瞬困った顔をした日番谷くんは、わたしの髪を撫でながら、きちんと背中に腕を回してくれた。人の往来も少しある。きっと恥ずかしいに違いない。それでもわたしの我が儘に付き合ってくれる。やっぱり、ごめんなさい、だけじゃ足りないね。ごめんね日番谷くん……と。雛森さん。彼女が視界に入ったのはついさっき。でもわたしと日番谷くんの一連のやり取りは全部見えてたはずだ。そう思うと少し優越感。あなたが愛する日番谷くんの好きな人はあなたじゃなくて多分わたし。でもわたしは彼の気持ちに応えられないし、彼もあなたの気持ちには応えられない。わたしは誰かの保護下にいたい、子どもでいたい。わたしが誰かを守るなんて、土台無理な話なのだから。責任逃ればかりして、保守的で、消極的で、打算的。わたしは全てを視られるのが怖い。怖くて堪らない。本当のわたしを知れば、きっと、日番谷くんはわたしを軽蔑する。いや。とっくに日番谷くんはわたしの穢れた部分を見抜いているだろう。大人だから指摘しないだけで、人間だからそういう一面を持っていてもおかしくはないという理由で、口を噤んでくれているだけ。わたしはわたしで、日番谷くんが女嫌いになった理由を察している。わたしも男嫌いだから、なおさら。自分を性対象として認識されるのが気持ち悪い。だからこそわたしと日番谷くんは出会ったのかもしれない。お互い理解出来たから。友達という安心した関係でいられる。それはもう既に崩れかけているけれどね。まぁ本音を言うと、わたしは多分日番谷くんが好き。大切で失いたくないかけがえのない人だ。人間的にも好き。でもやっぱり、だからこそ、付き合うことは出来ない。お互いがお互いをよく知りすぎているために、わたしはどうしても受け入れることが出来ない。男の人と付き合うのならまっさらな状態がいい。悪足掻きに違いないけれど、綺麗で純粋な姿のわたしを取り繕いたい。汚い自分に蓋をして、綺麗な自分を演じたい。虚しいねこんな考え方しか出来ないなんて。でもね、日番谷くん、これが《わたし》なんだよ。


「あ……渡嘉敷さん、と、日番谷くん」
『こんばんは。雛森さん』
「今日イブだから、そっか、デートかな?良かったね、雪降って。ホワイトクリスマスだよ」
「まさか。ただの買い物。お前こそ、体冷やして風邪なんかひくなよ」
「あっうん。気を付ける。じゃあ、またね」


憎いくらい可愛らしく笑う子だ。わたしにはどうしたってあんなに綺麗に笑うことは出来ない。性格の悪さが露呈してしまいそうで、笑みを作るのに少し抵抗もある。きっと雛森さんみたいな子と付き合うのが日番谷くんにとって一番良いんだと思う。純粋で無垢で穢れを知らない透明なあの子。人を幸せにするのがさぞかし上手なことだろう。わたしには一生かかっても出来やしないことを、彼女は出来るのだ。それでも日番谷くんは、彼女ではなく、どういう訳かわたしを選んだ。日番谷くんがわたしに友達以上を求めてこない理由は明確で。彼がその一線を越えるときは、わたしが彼を拒絶するときだと理解しているから。わたしが望むのは恋人としての日番谷くんではなく、心の拠り所となってくれる日番谷くんであって、そこに男女の関係は不必要だ。それならばいっそ日番谷くんの幸せを願って、わたしに構うのを止めて貰えばいいのだけれど。それを実行に移せないのも、また、わたし。結局自分のことばかりで、ひとに優しくない。日番谷くんや雛森さんの優しさは本物だけど、わたしの優しさは偽善だ。所詮造りものでしかないそれはこういう場面ではやはり発揮されない。わたしはそういう人間であり、彼や彼女とは、きっと相容れない星の元に生まれているのだろう。どうしたってあなた達のようにはなれない。わたしはわたしで、彼は彼、彼女は彼女。


「ぼぉっとすんなよ、雪で足滑らせてもしんねぇぞ」
『そのときは日番谷くんも巻き添えだね、わたし絶対、手離さないから』
「俺がそんなヘマするわけないだろ。一人でこけてろ」
『意地でも離しません!』
「……じゃあ、一生、離してくれるなよ」
『そう、だね』


あなたが今の関係を持続させようとしてくれるのなら、わたしは自分から離れるようなことはしないよ。でもね、日番谷くん、あなたは、きっといつかわたしに愛想を尽かして、違う人を好きになる。わたしの汚さに目を瞑れなくなる。人に踏まれて灰色に濁った雪が視界に入った。まるでわたしのよう。澄んだ夜空から真っ白な雪が舞い降りてきた。まるであなたのよう。わたしは汚れているけれど、あなたはとても綺麗だ。交わることのない二人はいかなる状態に置いても交わることはない。どれだけあなたがわたしを愛してくれても、どれだけわたしが愛しても、一緒にはなれない。背反する二つのもの決して交わることができない。だからあなたがわたしじゃない綺麗な人を好きになったとき、わたしはあなたの前から姿を消そうと思う。この雪のようにすっと溶けてなくなるの。跡形もなく綺麗さっぱり。わたしにだって、それくらいのことは出来るんだよ、だけど、それまでは、日番谷くん、わたしの傍にいてね。それでいつもみたいに、ぎゅっと――。


『え?』
「ん?嫌なのか?」
『そんなことないけど、珍しいなぁと』
「なにが?」
『わたしが頼んでもないのに、抱きしめてくれるなんて』
「あーお前の目がなんとなく、して欲しそうだったから。違うか?」
『アタリですよ日番谷くん。すごいですねエスパーですか』
「んなわけねぇだろ」


絶妙なタイミングでわたしの気持ちを察してくれるのは、きっと後にも前にも彼以外現れないだろう。そう。結局わたしにはどうしても日番谷くんが必要なのだ。この点だけは間違いない。しかし理解していても行動に移せないときが人には必ずある。





手を振ってやってくる回帰はいつだって眩しい白銀のくせに
わたしの心はいつだって灰色だ

クリスマスプレゼントに欲しいものがあるんですけど、サンタさん、今からでも間に合いますか?




20111224